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こんなところに池田屋が?新選組ゆかりの京都幕末スポットを回ってみた



はてなブックマークでも話題の歴史関連エントリー。特に最近では、歴史にハマる女性を表す「歴女」という言葉をよく見かけます。

「歴史もの」といっても様々な時代がありますが、今回はブーム以前から根強い人気を誇っている「幕末」にスポットを当ててみたいと思います。

京都での移動はお得なバスチケットやレンタサイクルを利用しよう

出かける前に、まずは京都での移動手段をチェックしましょう。

京都は東京や大阪ほど地下鉄の路線が多くないので、バスでの移動も多くなると思います。市バスで移動する際は、500円で買える1日乗車券がおすすめです。片道220円の均一区間内なら1日何度でも乗り降りができるので、その日に「3回以上」市バスに乗る予定があるなら、ぜひこの乗車券を買いましょう。駅などにある自販機や、バス車内でも買うことができます。(※ただし観光シーズンはかなり道路が混み合うので、バス移動の際は時間に余裕を持って下さいね。)

また道が混み合う観光シーズンこそ、おすすめしたいのが「レンタサイクル」です。自転車なら渋滞にイライラしたり、時間を無駄にすることもありません。ただし河原町周辺は自転車での移動が難しいので、駐輪場に止めてから徒歩で移動するのがいいでしょう。


移動手段が決まったら、早速出かけます!

新選組や幕末の志士にまつわるスポットが満載の三条、四条、祇園エリア

幕末の歴史にゆかりのある場所が特に集中しているのが、京都の中心街である三条〜四条河原町周辺です。コンビニやコーヒーショップの前など、「え、こんなところに?」というような、うっかり見逃してしまいそうな場所にも石碑や像が立っています。

まずはこれらのエントリーを元に、新選組や幕末の志士ゆかりの地を歩いてみました。


桂小五郎像
まずはこちら。京都市役所の向かい側、京都ホテルオークラの前にある「桂小五郎像」です。

 
この場所にはかつて長州藩の藩邸がありました。またホテルオークラの北東にある旅館、石長松菊園門前には「木戸孝允旧跡」の石碑もあります。

池田屋跡
市役所前から河原町通りを南に歩き、三条通りを東に向かって歩いていくと、元治元年(1864年)6月にあの池田屋事件があった「池田屋跡」があります。


現在は新選組をモチーフにした居酒屋になっています。新選組にちなんだメニューなどもあるそうです。


店の前にはこの石碑が残っています。

佐久間象山・大村益次郎遭難の地
池田屋跡からもう少し東にひっそりと立っているのが「佐久間象山・大村益次郎遭難の地」の石碑です。


佐久間象山は元治元年(1864年)の7月にこの地で暗殺されました。また彼を暗殺したのは、幕末四大人斬りの一人、河上彦斎(るろうに剣心の主人公、緋村剣心のモデル)であると言われています。

高札場跡
さらに東に歩いて行くと、スターバックスのある場所が、幕府の高札を掲げる制札場だった「高札場跡」です。

 
慶応2年(1866年)に立てられた長州藩を誹謗する高札が引き抜かれたり落書きされるなどの被害に遭った際、新選組の十番隊組長、原田左之助らが見張り役につき、犯人の土佐藩士と斬り合いになったそうです。

坂本龍馬・中岡慎太郎遭難の地碑
河原町通りに戻って、三条から四条方面に歩いていくと、サークルKサンクスの前に「坂本龍馬・中岡慎太郎遭難の地碑」があります。


ここは彼らが下宿していた醤油商「近江屋」のあった場所で、慶応3年(1867年)11月、二人はここで歓談中に暗殺されました。

四条大橋
四条通りを東に歩いていくと見えてくるのが「四条大橋」です。


鴨川にかかるこのこの橋は、当時新選組の斬り合いの舞台となっていた場所です。

一力亭
さらに東に歩いていくと「祇園」エリアに差し掛かります。花見小路通りを南に入ると、有名なお茶屋さん「一力亭」があります。このあたりはまさに祇園、という雰囲気。運が良ければ、舞妓さんや芸妓さんに会えるかもしれません。


かつては新選組局長の近藤勇も訪れたことがあるそうです。

祇園会所跡
四条通りに戻り、もう少し歩くと八坂神社があります。その向い側のローソンのある場所が「祇園会所跡」です。

 
あの池田屋事件の前、隊士たちはここに集まったそうです。ちなみにこのローソンですが、景観の観点から、通常の看板よりもかなり落ち着いた色合いになっています。

坂本龍馬・中岡慎太郎像
八坂神社に入り、奥の円山公園に行くと「坂本龍馬・中岡慎太郎像」があります。


祇園エリアには、「都路里」「祇園小石」「ぎをん小森」といった老舗の甘味処や、あぶらとり紙で有名な「よーじや」、かわいい和雑貨が買える「くろちく」などもあるので、ちょっと甘いものを食べながら休憩したり、お土産を買うのにもおすすめです。

また八坂神社から東大路通りを南に歩き、清水道のバス停から東に歩くと、当時の資料が多数展示されている「幕末維新ミュージアム 霊山歴史館」もあります。11月23日までは、2009年秋の特別展「龍馬たちの挑戦」が開催されているそうです。

新選組誕生の地「壬生」

新選組誕生の地といえば、四条河原町からさらに西に進み、四条大宮のバス停を越えたあたりにある「壬生」です。新選組の屯所跡や隊士の墓など、ファンには見逃せないスポットがたくさんあります。

続いてはこちらのエントリーを参考に、この地にある新選組ゆかりのスポットを回ってみます。


壬生寺
「壬生寺道」のバス停から、坊城通りを南に歩くと、新選組関連のお土産屋さんがいくつも並んでいます。200mほど歩くと壬生寺に到着します。

 
この境内は、かつて新選組隊士の訓練の場として使われていたとのこと。また一番隊組長の沖田総司は、この場所に子供たちを集めて遊んだりもしたそうです。当時はどんな遊びをしていたのでしょうか。


新選組隊士が祀られているのがこの「壬生塚」です。芹沢鴨ら隊士の墓があります。入り口となる阿弥陀堂では、絵馬や新選組グッズも買うことができます。この日は平日にも関わらず、多くの新選組ファンの女性や修学旅行生が訪れていました。

壬生塚にある近藤勇の胸像の横には、訪れた人がメッセージを書き記した絵馬がたくさんかかっています。新選組に対する熱い思いを綴ったもの、特定の隊士に宛てたメッセージ、またアニメやゲームに登場する新選組隊士のイラストが入ったものもありました。

八木邸
壬生寺の少し北にあるのが、新選組の屯所だった「八木邸」です。隊士たちは、ここと前川邸の2カ所に分かれて住んでいました。


 
こちらは一般公開もされています。中には芹沢鴨が暗殺された際の刀傷なども残っているそうです。またすぐ隣の八木家が営む和菓子屋「鶴屋」では、新選組にちなんだお菓子、「屯所餅」も販売されています。

旧前川邸
八木邸の斜め向かいの角にあるのがもう一つの屯所だった「旧前川邸」です。


こちらは現在「田野製袋所」になっているので中を見学することはできませんが、ほぼ当時のままだという外観はかなり雰囲気があります。

光縁寺
旧前川邸から綾小路通りを東に歩いて行くと「光縁寺」があります。


こちらには、新選組総長、山南敬助らの墓があります。また油小路の変で亡くなった新選組参謀、伊東甲子太郎や八番隊組長、藤堂平助らも最初は光縁寺に葬られたそうですが、後に戒光寺に改装されたとのことです。

るろうに剣心に登場したあの名所も!東山、岡崎エリア

最後は東山、岡崎エリアのご紹介です。

この時代をモチーフにしたマンガやアニメは数多くありますが、中でも1994年〜1999年に週刊少年ジャンプで連載されていた「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」はいまだに根強い人気を誇る作品です。幕末の動乱の時代、卓越した剣腕で「人斬り抜刀斎」として恐れられた主人公、緋村剣心が、明治の時代になって「不殺(ころさず)」を誓い、峰と刃が逆になった「逆刃刀」を手に、大切な人たちを守るために戦いながら、新たな時代で生きようとする姿を描いています。

そんな「るろ剣」として親しまれているこの作品にちなんだスポットを紹介しているのが、こちらのエントリーです。

今回はアニメの京都編のエンディングテーマとして、BONNIE PINKの「It's gonna rain!」が使われていた際の映像に登場したスポットや、近くにある新選組ゆかりのスポットを巡ってみました。


南禅寺
観光名所として知られている南禅寺。映像の中で雨がしたたっている大屋根が、南禅寺の「三門」です。

 

こちらは歌舞伎の「楼門五三桐」の中で、石川五右衛門が「絶景かな絶景かな」という名台詞をはくことでも有名ですね。登って景色を楽しむこともできます。


また三門からさらに奥に入ると見えてくるのが、エンディングのラストに登場した「水路閣」です。こちらは最近では「けいおん!」のオープニングに登場したことでも話題になりました。この日もたくさんの人が記念撮影に訪れていました。またこのアーチをくぐった向こう側にある「南禅院」には、エンディングで左之助が立っていたと思われる「池泉回遊式庭園」があります。

無鄰菴
南禅寺のすぐ近くにあるのが、山県有朋の別荘「無鄰菴」です。

 
ここの庭園を作るにあたっては、有朋自身がかなり細かく注文を付けたそうです。作中では、剣心が有朋からの栄職の誘いを断るシーンがありましたね。


金戒光明寺
南禅寺とあわせて訪れる人も多いのが、紅葉の名所、真如堂。そのすぐ近くにあるのが、「黒谷さん」の愛称で親しまれている「金戒光明寺」です。ここは新選組誕生のきっかけになった場所でもあります。

 

こちらは会津藩主の松平容保が京都守護職に任命され、入洛してからの約一年間、本拠地として使われていた場所で、近藤勇や芹沢鴨らはこの地で松平容保に拝謁がかない、新選組が誕生しました。本堂や三門は、その当時のまま残っています。また少し離れますが、平安神宮の西にある大駐車場には「京都守護職屋敷門」が残っています。


京都では、いたるところに歴史にまつわるスポットが隠れています。また有名な観光名所も、ちょっと視点を変えて巡ってみるのも楽しいですね。この秋の紅葉シーズン、幕末の歴史で巡る京都観光はいかがでしょうか?


今回訪れた場所はこちらにマッピングしていますので、あわせて参考にしてみて下さい。


より大きな地図で はてブニュース京都歴史観光マップ(幕末編) を表示

文: 飯塚朋子

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