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魔王と勇者が手を組んだ? ネット発の小説「まおゆう」が話題に


■ 「まおゆう」はどんな物語か?

「まおゆう」の正式名称は、『魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」』。2ちゃんねるのニュース速報(VIP)板で、昨年2009年9月から約3ヶ月にわたって連載され、実に13スレッドを消費して完成した大部の物語です。

そんなこの大長編の内容を一言で要約すれば、「勇者と魔王が手を組んで、魔界と人間界の戦争を終結に導く」というものです。そう聞くと、「どちらか一方が相手を倒せばそれで終わりじゃないの?」なんて思ってしまいますが、実はそこがミソ。冒頭で魔王は自分を倒しにやってきた主人公にいきなり資料を渡して、自分たちの生活を支える社会構造に戦争が組み込まれてしまっていることをとくとくとプレゼンしはじめます。

勇者「……えっと、需要爆発……雇用? 曲線?
 消費動向……経済依存率?」

魔王「わかったか?」
勇者「なんだこれは。邪神の儀式か?」

魔王「違う。経済的視点から見た巨大消費市場としての
 戦争の効用だ」

社会の側が戦争を必要としている限り、戦争は繰り返される――このプレゼンに勇者が納得したことで、彼らは互いを所有する契約を結び、必ずしも無益ではない(!)戦争を終えた先にある新しい世界(それを彼らは「丘の向こう側」と呼んでいます)を目指すことになります。そして、農業技術や教育を向上させることで、彼らは戦争の必要性そのものを社会から消し去ろうとするのでした。

これ以上のあらすじは読者の楽しみを削いでしまうので語らずにおきますが、こうした和製RPG風のファンタジックな世界観に、現実の世界史で大きな役割を果たしたマクロ経済学的な視座や近代的な科学技術が導入されていく面白さは、この物語の大きな、そして独自の魅力の一つになっています。
もちろん、中盤からは戦いの場面も増えてきて物語は波瀾の展開になっていくので、必ずしも難しい蘊蓄ばかりが登場する話というわけではありません。また、登場人物のキャラクターもそれぞれに個性的で、彼らの会話を見ているだけでも、それなりに楽しく読むことができます。こうした多面的な楽しみ方ができるのも、この物語の評価が高い理由の一つだと思われます。

■ 「まおゆう」が話題になった経緯

<「まおゆう」がなぜ今になって人気になったのか?>

連載が開始されてすぐにまとめサイトができていることからも分かるように、当初からこの作品は評判が高いものでした。しかし、多くのネットユーザーに知られたのは今年2010年の4月に入ってからのことです。その発端と経緯については、GiGir氏によるブログ「未来私考」のエントリーとTogetterのまとめに詳しく書かれています。

主にTwitter上で、口コミベースでこの物語の評判が広まっていったこと、そこに作者の橙乃ままれ氏によるコミュニケーションが一役買っていたことなどが分かります。

<この作品が生まれた背景>

この物語の作者である橙乃ままれ(ママレードサンド)氏は、「SS」と呼ばれる小説ジャンルの作品を数多く書いてきた人物です。このジャンルは、「2ちゃんねる」発祥の基本的に会話のみで構成された小説で、はてなブックマークでもしばしば人気エントリーに登場してきます。

ちなみに、橙乃ままれ氏は、「SS」をこんな風に説明していました。

あれは、発祥はvipという板な訳ですが、そこでいうSSってのは世間で言うSSと云うのとは、多少定義が違って「台詞だけで進行する台本形式のテキスト」程度の意味合いでした。

また、上のエントリーによれば、この物語のタイトルとなったスレッドは別の人物が立て逃げしたもので、驚いたことに、橙乃ままれ氏はそのスレッドを乗っ取る形で物語を書き記していったのだそうです。しかし、彼によれば、これですらもVIPにおける「芸」の一つだとのこと。

Vip的な価値観の話で云うと、スレ立てした人が「逃亡芸」を見せた。だから、そこに居合わせた別の芸人(この場合はおいら)は、そこで「みんなの度肝を抜くという芸を見せる」番なんですね。そこではじめて「逃亡芸」という「いき」が完成する。

彼の発言を見ていると、SSというジャンルが積み重ねてきた歴史や、SS自体を生み出した2ちゃんねるのマルチスレッド型掲示板という”機構”を抜きにして、この「まおゆう」という作品を語ることはできないのだという気がしてきます。多くの読者が感じたであろう目新しさは、ある日突然にままれ氏の頭に降りてきたものではなく、SS文化の蓄積を彼が背負うことによって生まれたもののようです。
ちなみに、はてなブックマークでも、これまでに和製RPGをパロディにした魔王や勇者を扱うSSは何度となく話題になってきました。

これらの作品と「まおゆう」の特徴を比較してみるのも面白そうですね。

■ 「まおゆう」へのネットの反応

<書籍化の計画>

さて、ネット上でジワジワと話題になっていた「まおゆう」が一気に盛り上がりを見せたのは、やはり『俺の屍を越えてゆけ』などの作品で有名なゲームデザイナー・桝田省治氏が、書籍化に向けて本格的に動き出してから。

プロジェクト発足の翌日には、編集者と打ち合わせて書籍化が決定。しかも、そのプロジェクトがあっという間にNHKの番組「MAG・ネット~マンガ・アニメ・ゲームのゲンバ~」で採り上げられることが決まり、Twitter以降のメディアのスピード感への驚きとともに大きく話題になりました。

現在、彼らはTwitterのハッシュタグ「#maoyu 」にて、ユーザーからアイデアを公募して議論を行っている最中。また、ラジオドラマやゲームなどのオファーも既に来ているようです。

<二次創作や漫画化>

この会話だけで構成された作品を読んで、漫画化を試みた人もいるようです。

一番上の動画はニコニコ動画に投稿されて、そのクオリティの高さが話題を呼んだ作品。「このクオリティを維持できるのかな……」と心配するコメントもついていますが、完成に期待です。一番下は、杉浦茂風に「まおゆう」を書いてみたもの。これも高いクオリティの作品です。

<「まおゆう」論争>

一方、「まおゆう」について書かれたブログエントリーも多くあります。まずはこの作品を絶賛している紹介エントリー。

ユーザーの熱い感動が伝わってくる記事ばかりですね。これらの記事の多くは、「まおゆう」が話題になりはじめた時期に公開されて、はてなブックマークで多くのユーザーの興味を惹いたものです。
また、「まおゆう」という物語を通じて、様々な問題について考えている人たちもいるようです。そのうちのいくつかを下に採り上げてみました。

この物語の持つ政治性への不満から文体の問題、あるいは評価対立そのものを俯瞰したものまで色々な意見がありました。賛否あれど、多くの人がこれだけ熱弁をふるっているというのは、それだけ「まおゆう」が読者の思考を触発してくれる文章である証と言ってよいのではないでしょうか。興味のある方には、「まおゆう」とあわせて、これらの文章もご一読をオススメします。

文: 稲葉ほたて

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