• Twitter
  • Facebook
  • Google+
  • RSS

現実の世界に、物語を付加する――AR三兄弟・川田十夢とヨーロッパ企画・上田誠が語る、ARと演劇


■上田さんから見た“AR三兄弟の面白味”

川田 初めまして。AR三兄弟長男の川田十夢です。早速ですが、実は僕、すでにこの部屋を拡張したんです。

上田 ええ!?

川田 あの本棚です。

川田 僕が最近出した『AR三兄弟の企画書』(日経BP社)という本を置きました。ぜひ読んでみてください。

上田 わかりました!ありがとうございます。

川田 ちなみに、ARって何の略かわかりますか?

上田 「R」はリアリティの略ですよね。Aは…。

川田 「Augmented Reality」です。僕、“現実空間に返ってくるAR”がおもしろいと思っていて。例えば、お客さんが携帯で特定のURLにアクセスしてボタンを押すと、舞台装置がバーンと倒れてくるシステムとか。それを、お客さんがタイミングを考えながらできたらおもしろそうだな、と。

上田 僕もそういうことにすごく興味がありますね。僕の中では、舞台でお話を作ることは、VR(Virtual Reality)を作ることに近いんです。関西では、「探偵!ナイトスクープ」というバラエティ番組が人気なんですが、これはARに近い。どういうことかというと、大阪という現実の街に、架空の探偵事務所という“レイヤー”を重ねることで、AR的になっているんです。僕らも、そういうことがしたくて京都にいるフシがちょっとある。ただ単に何もないキャンパスを使うなら、たぶん東京にいると思うんですよね。京都の街って、でこぼこしていて白くもない、おもしろいキャンパスなんだと思っています。東京ってAR的なことをしようとすると、下地がわかりづらいというか…。

AR三兄弟さんの活動の面白味は、現実という、とてもノイジーでしょぼくれているところが、ARを付加することでかっこよくなるところだと思うんです。お芝居には「エチュード」という、設定だけ決めて自由にやる即興劇があるんですが、そういうもののほうがARが生きてくる気がします。

■ARGの概念と「AR火曜サスペンス」劇場の構想

川田 先ほどもお話した『AR三兄弟の企画書』に、ARの技術や今あるメディアを駆使すると、AR野球中継や、AR国会中継のようなTV番組が作れちゃうよ、というアイデアを書いているんですね。その中で「AR火曜サスペンス劇場」というものを考えているんですが、これは絶対おもしろいと思います。

上田 へえ。どんなものですか?

川田 その話の前に、ARG(代替現実ゲーム)の概念を説明したいんですが、ARGってどういうものかわかりますか?

上田 わからないです。

川田 ARGは一言でまとめると、“現実と虚構の境界線をぼかしておもしろくすること”です。そもそも、ARGっていう言葉が使われ出したのは、一昨年に公開された映画「バットマン ダークナイト」の広告からなんです。1作目の「バッドマン ビギンズ」があまりヒットしなかったんですが、2作目の「バットマン ダークナイト」は大ヒットして映画賞を総ナメしたんですよ。

その手法は、まずスーパーのチェーン店のレジスターにある1ドル札に、映画に出てくるテロリスト「ジョーカー」の化粧を模した落書きをする。その1ドル札にはURLも記されていて、そこアクセスすると、ジョーカーが手下を探しているという内容のサイトが見られるんです。登録した後に見られる映像に「○時○分○○に集まれ」とある。その場所に行くと、ジョーカーの化粧をした人が集まっていて、大騒ぎになっている。そこにマスコミがきて、話題になったんですよ。

CBCNET > Dots & Lines > 野澤 智 > 2.The Dark Knightをめぐる考察

上田 へええ。

川田 これはアメリカの話ですが、僕は日本でもARGをやれるんじゃないかと思っていて、いろいろと企画を考えている。現実と劇空間の間に何かを挟むことによって、おもしろいことができると思うんです。

上田 そういえば、僕、映画「曲がれ!スプーン」のCM用にドラマを作ったことがあるんです。本当にスプーンを曲げられる、パフォーマーの魔法使いアキットさんを呼んで。長澤まさみさん扮する新人ADの桜井米が、超能力者のオーディションをしている横で、警備員役のアキットさんがスプーンを曲げるんです。長澤さんが「そこの人のほうがすごい!」と言ってアキットさんを見ると何もしていなくて、というショートムービーを撮ったんですよ。

これは、“フィクションの世界の中に本当の超能力者を登場させることで視聴者が身を乗り出す”、ということをやりたくて作ってみたんです。そういうことと手法は似ているのかなと。

川田 似ていますね。物語世界に現実のものを持ち込むことでリアリティが増すし、現実に物語を持ち込むことで現実がちょっとファンタジーになる。僕は、その相関関係をプログラムの仕様書やAPIで作れると思っています。

上田 そうですね。さっきお芝居がVRだと言いましたが、お芝居って舞台装置は作れても、役者は“人間”という既にあるものを使うしかないんですね。で、その人間はやっぱり“現実”を引きずるんです。どんな剣劇を演じていても「この人バイトしてんのかな」ということが、気になっちゃうし、VRになりきれない。ヨーロッパ企画は、そういう部分を大事にしていますね。うちの劇団員がスーパーヒーローを演じても、それって演じきれるものでもないし、それよりも、生身の人間を引きずりつつ舞台に上がって、かつ舞台上ではフィクショナルな出来事とぶつかる方がおもしろいんです。

川田 たぶん上田さんは、ARGという名前が付けられるより前に、ARGをやっちゃってるんですよ。僕はヨーロッパ企画の公演を生で2回、DVDではほとんどの作品を見ていて、ずっとそれを感じていました。

上田 ありがとうございます。そういえば以前、「ヨーロッパ企画のロケコメ!」というTV番組を作ったことがあるんです。朝、京都の街に出かけて、銭湯やコインランドリーで10分くらいの演劇をやるんですよ。その場所にあるものを使って、客席は15席ほど組んで、幕だけ張って。午後イチから台本を書き始めて、そのあと練習して、夕方にはお客さんを入れて、公演をする。
それの何がおもしろいかというと、街のニオイをかぎとって、現実の場所に物語を上乗せするところなんです。変なポスターが貼ってあるので理由を聞いたらすごくおもしろいエピソードがあって、「じゃあ」と物語に組み込む。現実とフィクションが地続きになる感覚がたまらなかったです。

川田 わかります。僕はそういうことをマスメディアを使ってできないかなと思っていて。「AR火曜サスペンス劇場」がそれなんですけど。

上田 あ、そっか。元々その話でしたね(笑)

川田 TVドラマの「火曜サスペンス劇場」って、長い歴史の中で1度だけ生放送があったんですって。ドラマの生中継ってどんな感じだったのかなと思いつつ、僕はそれが“正解”だったな、と思うんです。

上田 生ドラマ、おもしろいですもんね。

川田 生ドラマって演劇的だし、見ている人と時間軸が一緒だし、ロケ地に行ったら役者が演じているかもしれないしで、たくさんの可能性があるんです。サスペンスものドラマは、録画したものを寄せ集めて、犯人がわかるようにちゃんと伏線を用意しないといけないし、わかりやすいようにロジカルに物語を説明しなくちゃいけないじゃないですか。視聴者も「2時間で解決するよな」という前提で見ている。

そうではなく、わかんないんですよ。僕が『AR三兄弟の企画書』で書いた「AR火曜サスペンス劇場」は。どの人が登場人物かどうかもわからなくて、カメラも全員を追わない。その代わりに、Twitterなどを使って、リアルタイムでキャストが思ったことや行動をTVの枠の外で流すんです。で、「この人があやしい!」と思ったら、視聴者がその人物をフォローする。

最近、TwitterやUstreamを使ったTV番組が多いけど、全然おもしろくないんですよ。僕はメディアにすごく執着があるので、「もっとおもしろいことができるはずなのに、何やってるんだろう」と思っています。本にも書いたんですが、僕には“メディア補完とメディアの競合”という持論があるんです。例えば、スタジアムに野球を見に行くと、たまにラジオで野球中継を聴いてるおじさんがいるんですよね。小さい頃に「なんでこのおじさん、野球を見に来ているのにラジオを聴いてるんだろう」って不思議に思ったんです。で、なんかツウっぽいしマネしてみようと思ってやってみたんですけど、超おもしろいんですよ。

上田 ああ、そうでしょうね。歌舞伎でも解説のテープを聞きながら見たりしますもんね。

川田 あの体験が気持ち良くて、家に帰ってTVを見ながらもう一度やってみたら、すごく気持ち悪かったんです。「この気持ち悪さは何なんだろう」と考えてみると、TVとラジオで、「知覚」を奪い合ってるんですよね。TVは画面の中で全てを説明してくれるから、情報を奪い合ってしまう。

上田 なるほど。

川田 そういうこ情報の奪い合いを、今、TVをはじめとするほとんどのマスメディアが平気でやってる。TVで放送しているのに、その裏でUstreamを使って配信したりして、「どっち見ればいいんだよ」って思う。

上田 TVってただ定点でどーんと見通す、筒のようなものじゃないといけないんですよね。

川田 そうなんですよ。TVの枠の外でも何かを補完しないとおもしろくないし、競合しちゃうんです。

■「僕は装置を作りたい」――川田さんが上田さんに直球質問!

川田 実は僕、今日いろいろと質問を考えてきてるんです。まず、劇団の立ち上げ当初に、他の劇団より抜きんでる工夫はされましたか?

上田 しましたよ。ヨーロッパ企画は同志社大学在学中に立ち上げた学生劇団だったので、まず同世代に見てもらうことを意識しました。「劇団」や「芝居」は、敷居を高くする言葉なのでそれは使わずに、間口をできるだけフラットに。
京都にある「アートコンプレックス1928」という劇場をよく使っていたんですが、それも「アートコンプレックス1928」という名前が、足を運びやすいからという理由からなんです。劇場の名前によっては、若い子が行かないんじゃないかな、って。そういうことは結構気にしていましたね。

川田 なるほど。では続いての質問です。「ボス・イン・ザ・スカイ」でブログが出てきたり、「サーフィンUSB」でVRのような、サーファーの体験を記憶する装置の話があったりしますよね。あと、ゲームを作ったことがあったり。そういうことからPCを駆使しているイメージがあるんですが、最近流行ってるTwitterはやっていない。それには何か意味があるんですか?

上田 昔、ホームページ作りが流行った時期があって、次にブログブームが来て、最近はTwitterじゃないですか。なんというか、まとまった考えや思考の構築的なものがどんどん溶けだして、液化している感じがしていて。それと同じで、文学も昔は硬質なものだったけど、今はだんだん液化している気がするんです。それってどうしてなのかなって考えると、昔は電話も何もなくて、一人の頭の中で凝固させることが多かったと思うんです。そしてそれは、“作品を作る”という観点から見ると、良いことだったと思うんです。
近頃はコミュニケーションの中で何かを生み出すことが発達しているし、最近の若い人もコミュニケーション能力に長けている。でも、一方で何かを凝固させる作業をしないと、と思っています。時代の流れで、そのうち液化していくのはわかっていますし。

川田 じゃあTwitterは意識的にやっていないんですね。

上田 そうですね。京都にいるのも同じような理由です。

川田 なるほど。あと、ヨーロッパ企画さんの作品は、毎回、見せ方や演劇としての「プロトタイプ」を作っている印象があるんですが、そういう意識はありますか?

上田 はい、意識していますよ。例えば、野球は装置がとてもよくできていて、その中で人間が自由に遊んでいるから、どのチームが対戦してもおもしろいと思うんです。僕、実はプロレスってあんまり好きじゃなくて。決められたショーの中でどんどん見せていくよりは、装置があって、その装置の中で遊ぶほうが好き。僕は“装置”を作りたいんですよ。

川田 やっぱり。そういう感じがすごくしていたんですよね。

上田 ただ、うちのお芝居は“シュガーコーティング”をしているから、ずっと「ゆるいコメディだ」って言われ続けています。その感想もありがたいんですけど、皮を剥いでいくと、実はとてもストイックな装置が出てくる。だから、川田さんにわかってもらえて、すごくうれしいです。

川田 いえいえ。あと、ヨーロッパ企画のことが大好きな、アニメーション監督の吉浦康裕さんからも質問を預かってきてまして。映画「イブの時間」を作った人です。上田さんに会うって言ったら、「聞きたいことがある」って。

上田 いいですよ。どうぞ。

川田 「自分も脚本家として、そもそもプロットモチーフの思いつき方が気になります。もちろん作品ごとにいろんな思いつき方のパターンがあるかもしれませんが、もし頻度の高いパターンなどありましたらお聞きしたいです」。

上田 僕、タイトルから決めるんですよ。例えば、「サマータイムマシンブルース」は、なんとなく“青春”というものと“タイムマシン”というものがぶつかるといいなあ、とか。“サーフィン”っていうものと“USB”がぶつかったらいいことが起きるんじゃないか、それで「サーフィンUSB」とか。

川田 パターンはひとつで、タイトルからということですか?

上田 完全にタイトルからですね。あとは、“枠”が相当おもしろかったら、それにあわせて具材を揃えることもある。

川田 “枠”っていうのは、劇場ですか?

上田 そうですね。例えば円形劇場でやるときは、「そこで集団でやれることってなんだろう」から考える。ヨーロッパ企画は10人もいるから、全員を見せるためには縦に使わないといけない。じゃあ塔かな、という流れで縦組みの舞台を作ったり。枠組みというか、与えられたハードにとてもおもしろい制約があると、とても考えやすい。そこから逆に考えて、タイトルには“空”に“ボス”的なものを置いて…とか。

川田 それが「ボス・イン・ザ・スカイ」ですね。あの作品もすごくおもしろかったです。

■エンタメを作り続ける、ヨーロッパ企画のこれから

川田 ヨーロッパ企画さんっていろいろな活動をして「拡張」してらっしゃると思うんですが、1年スパンでやりたいことと、10年スパンでやりたいことを、それぞれ聞かせていただきたいな、と。

上田 エンターテインメントをやりたいなあ、と思っています。例えば、やりようによっては文房具だってエンターテインメントになる。「分度器のあの感じいいなあ」とか、なにかをグッと感じると、うまく加工してエンターテインメントって作れると思うんです。そういう意味で、今までエンターテインメントになってこなかったものを、ちゃんとエンターテインメント化して掘っていくことをやりたい。そして、それをやっていくためには、映画化や大きな舞台もして、「ヨーロッパ企画はいつでもお客さんを集めているな」というムードを作らないといけない、と思っています。


初対面にもかかわらず、対談が終わるころにはすっかり打ち解けた川田さんと上田さん。最後に、「本をプレゼントするのが好き」と話す川田さんが上田さんに『プロジェクト宮殿』(国書刊行会)をプレゼント。「上田さんが好きそう」という理由で選んだそうですが、これには上田さんも大喜び。

上田さんも、ヨーロッパハウスにあったお気に入りの本、『真ッ赤な東京』(集英社)を川田さんにプレゼントして、お二人の初対談は終了しました。


http://alternativedesign.jp/tag/ar%E4%B8%89%E5%85%84%E5%BC%9F/
ヨーロッパ企画

文: タニグチナオミ

関連エントリー