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「マツさん、早すぎるよ」 多くのサッカー関係者から松田直樹選手へ追悼メッセージ



http://www.yamaga-fc.com/news/2011/08/02/1312284210539.html
http://www.yamaga-fc.com/news/2011/08/04/1312431805021.html

松田選手は8月2日(火)、ストレッチ中に体調不良を訴え、心肺停止の状態で病院に運ばれました。松本山雅FCの発表によれば、集中治療室で人工心肺装置を付けて治療が行われていましたが、8月4日(木)午後1時6分に息を引き取ったとのことです。

松田選手の訃報を受け、親交のあった関係者や選手たちは、日本サッカー協会の公式サイトや個人のブログなどでメッセージをつづっています。以下でその一部を紹介します。

<川淵三郎さん(日本サッカー協会キャプテン)>

僕にとって一番印象に残っている彼の思い出は、2004に行われたAFCアジアカップです。彼は縁の下の力持ちとしてチームを支え、控えだったにもかかわらず懸命に練習に励んでいました。(中略)優勝を決めた後のロッカールームで、彼は一番先に立って万歳をし、全身で喜びを表現していました。優勝を心から喜び、無邪気にはしゃいでいた彼の姿が今でも強烈に残っています。心からお悔やみ申し上げます。

<小倉純二さん(日本サッカー協会会長)>

今季から松本山雅FCに移籍し、JFLのチームをJリーグに昇格させるべく新たにチャレンジしていたにもかかわらず、道半ばで逝去されたことは我々にとっても大きな痛手です。松田選手のあの華麗なプレーを我々サッカーファミリーは決して忘れることはありません。

(2011-08-04)松田直樹選手の訃報に際し、 川淵三郎キャプテン、小倉純二会長より お悔やみの言葉|トピックス|JFA|日本サッカー協会

<藤田俊哉さん(日本プロサッカー選手会会長)>

松田選手のご逝去の報に接し、悲しい、くやしい思いでいっぱいです。昨日、松田選手のお見舞いにお伺いしましたが、松田選手が今にも起きそうな表情だった中で、このようなことになったことが未だに信じられません。多くの選手から頼りにされ、2008年から3年間は、横浜F・マリノスの選手会長として選手会の活動に尽力していただきました。選手会について色々な話をした思い出や、日本代表で共に世界を相手に戦った思い出など在りし日の思い出は尽きません。

http://www.j-pfa.or.jp/category/news/jpfa/3615

<嘉悦朗さん(横浜マリノス株式会社 代表取締役社長 )>

松田選手の訃報に接し、横浜F・マリノスのクラブハウスは深い悲しみに包まれています。監督以下、選手、スタッフ、すべての関係者が、突然の悲報に言葉を失っている状態です。松田選手は先週末、大宮戦の観戦のため日産スタジアムを訪れ、いつも通りの元気で明るい姿を見せてくれました。それからわずか5日後のことで、私たちはこの現実を受け入れることができないでいます。

http://www.f-marinos.com/tools/page_store/news_5226.html

<セルジオ越後さん(サッカー評論家)>

残念で残念で、仕方がない。これほど思い出深い選手が、ほかにいるだろうか。亡くなるには、早過ぎるよ。(中略)子どももまだ小さい。なぜこんなに早く逝かなければならないのか。誰も責められないけど、本当に惜しい人材を亡くしてしまった。松田が倒れたのは、練習中の、ピッチの上だった。サッカーが好きで好きでたまらない、松田らしい最期だったのかもしれない。松田直樹は、最期まで松田直樹だった。

【セルジオ越後コラム】松田直樹は最期まで松田直樹だった - FOOTBALL WEEKLY - ライブドアブログ

<吉田孝行選手/宮本恒靖選手(ヴィッセル神戸)>

未だに信じられません。明日にでも電話がかかってくるのではないかと思うくらい、信じられません。もし、お互い生まれ変わるとしても、また同じ誕生日に生まれ、また一番の親友になり、また一緒にサッカーをしよう。直樹のサッカーに対する情熱は忘れません。(吉田孝行選手)

とても悲しく、寂しい思いでいっぱいです。同じ時代をプレーしたマツ。対戦相手として、時にはチームメイトとして大いに刺激を受けてきました。日韓ワールドカップのロシア戦で勝利した時、マツと抱き合って喜んだことは忘れられません。(宮本恒靖選手)

http://www.vissel-kobe.co.jp/whatsnew/wn_2285.html

<山瀬功治選手(川崎フロンターレ)>

未だにこれが本当に現実の事なのか理解する事が出来ません。ニュースや新聞での報道をみても、ベッドで目をつぶっている本人を前にしても、どうしても現状を信じる事が出来ずにいました。今日の訃報を聞いた今でも、会いに行けば「よう、コウジ!」っていつも通りの明るさで話しかけてくれるんじゃないかって。マツさん、早すぎるよ。(中略)マツさんの闘志溢れる熱いプレー、試合中にお互い熱くなって喧嘩した事も、一緒に酒飲んで笑いあった事も、あの誰よりも年上なのに誰よりも年下の様に笑うガキ大将の様な笑顔も決して忘れません。

松田直樹|山瀬功治オフィシャルブログ「こーじのblog」by Ameba


松田選手は1995年、ディフェンダーとして横浜マリノス(現 横浜F・マリノス)に入団しました。日本代表選手として、1996年にはアトランタオリンピック、2000年にはシドニーオリンピックに出場。2002年のFIFAワールドカップ日韓大会では、チームのベスト16入りに貢献しました。2011年には松本山雅FCに入団し、サポーターへのメッセージ欄で「J2へ行く」という目標を掲げていました。

http://www.yamaga-fc.com/player2011/2011/02/04/1296795478990.html

文: あおきめぐみ

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