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YAPC::Asia Tokyo 2012レポート Perlから広がるWebエンジニアのパワーと一体感



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YAPC(Yet Another Perl Conference)は、1999年にアメリカではじまったPerl言語のユーザー・カンファレンスです。歴史的な経緯とプログラマー特有の遊び心から「Yet Another(さらにもう1つ別の)」と名乗ってはいますが、Perlコミュニティの中心的なイベントとして、世界各地で開かれています。

日本では2006年から毎年東京で開催され、今年で7回目になります。2008年から4回にわたって東京工業大学が会場として親しまれてきましたが、今年は初めて東京大学・本郷キャンパスで開催され、新鮮さを感じる参加者の方も多かったようです。

■ 9月28日(金)

伊藤国際学術研究センターは、赤門をくぐった右手にある真新しい建物です。国際会議やレセプションの施設として2012年4月1日にオープンしたばかりで、数百人規模の本格的なカンファレンスとして利用されるのは、このYAPCが初めてだそうです。

開会宣言の直後にステージに立ったのは、Perl言語の生みの親であるラリー・ウォール(Larry Wall)さんです。ラリーさんは25年前の1987年に、最初のPerlを公開しました。

現在ではPerl 5というバージョンが広く使われていますが、ラリーさんは新しくPerl 6を開発中です。このPerl 6がどれほど柔軟で強力なのかを、スライドなどを用いず、ライブでPerlプログラムを変更して見せるのが、ラリーさんの講演スタイルです。

ラリーさんの発表は、次のリンクから録画を見ることができます。このほかの発表も、YAPC公式サイトから資料や映像を確認できるのでとても便利です。

What Does Your Code Smell Like?

会場のさまざまな様子

ラリーさんの講演のあとは、メイン会場のほか、同センター3階の特別会議室と中教室でも数十人向けの小規模の講演が並行して行われました。

写真上は、特別会議室で大西康裕さんが発表した「Redmine::ChanでIRCからプロジェクト管理」の様子です。壁のレンガ造りが印象的な会場でした。

実はこの部屋をセンター1階から見上げると、建物のなかに建物が保存された構造になっています(写真左)。

この建物は、大正5年(1916年)に建てられた文科大学史料編纂掛の書庫として、明治2年からの貴重史料が収蔵されていました。関東大震災にも耐えた最先端の耐火書庫だったそうです。現在では、1階部分はレストランとして利用されています。

写真下は、中教室のプログラム「Stackato - ActiveState's new host-your-own-PaaS」の様子です。

インギー・ドット・ネット(Ingy döt Net)さんが、自身も開発に携わるプライベートクラウド製品「Stackato」を紹介しています。

椅子の背を利用して、スポンサー企業であるBOOKSCAN(ブックスキャン)がプロモーションを展開していました。蔵書電子書籍化サービスが、Webプログラミングのカンファレンスに参加するのは新鮮な驚きがありました。

ライトニングトーク

メイン会場の伊藤謝恩ホールは建物の地下2階にあり、一度に約500人が聴講できます。ほかの会場でセッションのない基調講演やライトニングトークでは、立ち見が出るほどの盛況でした。

会場ではWi-Fiや、前方の座席では電源も提供されていました。白い電源アダプターが並んでいるのが印象的でした。

ライトニングトーク(Lightning Talk=LT)とは、5分程度の制限時間付きショートプレゼンテーションのことです。話の途中であってもタイムアップすると強制的に打ち切られ、矢継ぎ早にトークを繰り広げることから、2000年アメリカのYAPCでこの名称が付けられたそうです。

最近ではTED等の影響もあり、プレゼンテーションの技術やメソッド、重要性が広く認知されるようになってきました。YAPCをはじめとするIT関連のカンファレンスでは、短い時間で伝えられるちょっとしたアイデアや思いつきであっても、できるだけ多くの人が発表しようという雰囲気が感じられます。

YAPCでも28日29日を合わせて28本ものトークがありました。ここではその中から「Perlと人生」という身につまされるトークを紹介しておきます。ほかにも面白い発表が目白押しでした。

Perl と人生(Perl and Life)

懇親会

28日はLTに続き、ホールに隣接する多目的スペースで懇親会がありました。アルコールも交えながら、エンジニア同士が交流に花を咲かせていました。写真撮影に快く応えるラリー・ウォールさんの姿も見られました。


食事と飲み物は、北海道帯広市から参加している株式会社スカイアークのスポンサードで、椿山荘を運営する藤田観光が提供したものだそうです。

YAPC::Asia 2012に参加してきました! - スポンサードとノベルティ編 - エンジニアブログ - スカイアーク

29日

2日目は「Perl今昔物語」と題されたパネルディスカッションが注目されました。4人のよく知られたWebエンジニア(宮川達彦さん、伊藤直也さん、小林篤さん、松野徳大さん)が壇上に並び、2006年から7年間のYAPCの歴史をもとに、Perl言語のみならずWebやITの変遷を語り合いました。


続いて、そのまま自身の発表となった宮川さんは、現在の職場でRuby言語を使っている経験などから、他の言語の優れた部分をPerlが吸収して良くなる事例を「10 more things to be ripped off」としてまとめました。

10 more things to be ripped off - Speaker Deck(発表資料)

このように他のプログラミング言語も利用しながら、Web開発というより広い世界を対象とした発表は、ほかにも「Perlでファントムする!」「Rubyistの国のPerl使い」「ウェブアプリケーション開発の現状・課題とJSX」などありました。

ブロガーとしても知られる小飼弾さんが発表した「Perl as a Foreign language」でも、JavaScriptとPerlの関係が語られていました。

404 Blog Not Found:与えよ、さらば求められん - What #yapcasia gave me

多目的スペースでの交流

ホールと隣接する多目的スペースでも、交流の場として多くの参加者が集まっていました。関連書籍の展示やポスターの掲示もされていました。

写真上の中央奥では、飛び入りも含めた多くの参加者が入れ替わり立ち替わりトークする「LTソン(ライトニングトーク・マラソン)」が、2日間にわたって繰り広げられました(写真下左)。


多目的スペースでは電源が提供されており、PCを開いて作業する参加者の姿も見られました(写真上右)。

基調講演

2日間のカンファレンスの締めくくりに、paperboy&co.技術責任者の宮下剛輔さんが「How Perl Changed My Life」と題した基調講演を行いました。

自身のエンジニア人生において、Perlコミュニティでの活動によって得たもの、仕事・ポジション・仕事仲間についてまず語りました。そして、Perlから学んだこととして、コードを書くこと、オープンであること、楽しむことを、それぞれを表す言葉とともに紹介しました。

最後に、ラリー・ウォールさんをはじめとして自分が影響を受けたPerlの先達に感謝の言葉を述べ、コミュニティらしい一体感を感じさせる基調講演となりました。

YAPC::Asia Tokyo 2012 2日目 - Gosuke Miyashita

クロージング

全セッションの終了後、主催団体であるJPA(Japan Perl Association)代表理事の牧大輔さんがクロージングの壇上に立ちました(写真下左)。


2日間にわたる全講演から参加者の投票によって選ばれる「Best Talk Awards」には、「『新しい』を生み出すためのWebアプリ開発とその周辺」の和田裕介さんが選ばれました(写真上右)。

http://yusukebe.com/archives/20120930/124412.html

2位は前述の宮川さん、3位は久森達郎さんによる「平均レスポンスタイム50msをPerlで捌く中規模サービスの実装/運用」でした。

YAPC::Asia 2012 で Best Talk Awards 第三位いただきました。 - まいんだーのはてなブログ

いみじくも牧さんが、YAPCは間口の広いカンファレンスでありたいとクロージングで語ったように、サービスの企画プロセス、他言語からの移植、広告配信と幅広いテーマがベストトークに選ばれ、Web開発全体に広がるエンジニアのパワーを感じさせながら、2012年のYAPC::Asiaは閉幕しました。


このほか、はてなブックマークでは講演者のブログエントリーなどがいくつも話題になっていました。こうした記録をブログに残すことが、コミュニティ全体の活性化につながっているようです。

文: モーリ・タロー

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