現役閣僚でありながらPKO撤収を唱え、郵政大臣でありながら「郵貯改革」を説いて役所と真っ向から対立する――そんなギラギラに尖っていて、まだ後に総理大臣になるなどとは誰もが想像していなかった時代の、小泉純一郎・元総理大臣について、90年代初頭に日経ビジネスが書いた記事が話題になっています。
【時代のリーダー】小泉 純一郎氏・郵政大臣:日経ビジネスオンライン
まだ黒々とした髪の眼光鋭い小泉氏(当時・郵政大臣)の写真が鮮烈ですが、記事の内容もかなり印象的なものです。田中角栄氏の金脈政治が問題になった際には退陣を要求し、自分でも政治資金集めのパーティなどは一切開かない。信念一途の政治活動に苦言を呈されても、「政策について10人のうち10人の支持を得ることはない。せいぜい5人か6人。あちこち気にしていたら自分の判断がなくなる」と割り切る。
ちなみに、93年に書かれたこの記事では小泉氏について以下のように表現しています。
むしろ政治家向きの性格でないことを自覚していただけに、より切実に「政治家はどうあるべきか」を考え続けたに違いない。それが小泉の書生っぽさ、筋を通す姿勢につながっている。
今では「政局の天才」などとメディアで評されている小泉氏ですが、この記事が書かれた時点では、不器用な立ち居振る舞いが目立つ政治家だったのではないでしょうか。
新自由主義の政策を推し進めて日本を改革路線へと転換させた「名宰相」だったのか、それとも日本という国を弱者切り捨ての冷たい社会へと追い込んだ単なる「壊し屋」だったのか。今でも小泉純一郎・元総理大臣への評価は揺らぎ続けているようです。この記事を読んで、この強烈な個性が日本にもたらしたものについて、考え直してみるのもいいかもしれません。