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オタクとサブカル論争再び -【はてなの風景1】



竹熊健太郎「オタクとサブカルの喧嘩は兄弟喧嘩」 - Togetterまとめ
オタクがサブカルを嫌いなのは、サブカルが「オタクを馬鹿にして優越感を搾取する文化」だから - 自意識高い系男子

オタクがサブカルを敵視したのか、サブカルがオタクを差別したのか、はてなブックマークのコメント欄も白熱しており、ヤンキーも巻き込んで混然としています。こういう議論は尽きないもので、楽しいですね。気になったのは、年代によってオタクとサブカルの定義や関係性も変わって見えるのかな、ということ。ブログ「自意識高い系男子」のたにしさんは1977年生まれの視点だそうですが、コメント欄では、さらに時代をさかのぼって分析している人もいます。また、竹熊さんは「最近はこの対立も親父サイドのもので、無効になってる感じがします」と若い世代について言及しています。

「あの時代」のオタク差別の風景と「脱オタ」について - シロクマの屑籠

議論が立体的になるのが、はてなの面白いところです。ブログ「シロクマの屑籠」のシロクマ先生によると、オタクと対立していたのはサブカルではなく「新人類」だったとのこと。「その新人類がマスメディアや大手資本と結託しながら、消費個人主義についての価値基準――何が恰好良く、何が恰好悪いのかについてのヒエラルキー――を普及させていった一時代があった」ということです。

「いずれにせよ、オタクが被差別階級とみなされ、アニメやゲーム等を趣味としていることが若者の間で“恥ずかしかった”時代は、遠い昔のものになった。ひとことでオタクと言っても、世代やジャンルによって体験の相違は大きく、オタク差別の時代を知らなかったり、無かったことにしていたりする人もいるようだ。けれども実際にそれはあった」――やはりオタク差別はあった、という言葉が重いですね。このトピックが何度も生起する、理由かもしれません。

Title Photo by Kzaral

文: 新野漸

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