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環境省が推進するがれき広域処理の意味――後編:放射性物質拡散の実際



(※この記事は環境省の提供によるPR記事です)

◇ ◇ ◇
環境省が推進するがれき広域処理、その反対の声は根強い。この記事の前編でも述べたとおり、批判の根拠は大まかに2つある。1つはがれき処理の必要性で、もう1つは広域処理をすることで放射性物質が拡散することの安全性の問題だ。
必要性については、この記事の前編で述べた。この後編では、がれき広域処理における安全性の問題を見ていく。まず、放射線の人体への影響の基本を確認する。そのうえで環境省が定めた基準や、安全だとする根拠、その批判やすれ違いについて述べる。

■ 前編掲載時から変わった、法的整備とがれき総量見積もり

本論に入る前に、本記事の前編を掲載した2012年3月末から現在のがれき広域処理を巡る状況を簡単に確認したい。
2012年4月17日、環境省は災害廃棄物の処理方法や放射性物質濃度に関する安全基準などを定めた環境省告示第七十六号を交付した。
東日本大震災により生じた災害廃棄物の公的処理に関する基準等について(PDF)
同日環境省は災害廃棄物処理の受け入れ要請に対する35都道府県と10政令市の回答も公開した。
災害廃棄物の広域処理に関する要請に対する回答及び今後の取組方針について(PDF)
富山県と、石川県、山梨県、北九州市が受け入れ検討量を具体的に回答した。すでに東京都などが受け入れ済みの約140万トンとあわせて、約162万トンの広域処理が現実的になってきた。
災害廃棄物の推計量も見直された。現在最新の推計量は、5月21日に環境省が発表したものである。
災害廃棄物推計量の見直し及びこれを踏まえた広域処理の推進について(PDF)
従来は衛星画像を用いて津波による浸水地域を特定し、これをもとに災害廃棄物量を推計していた。現在は一次仮置き場、二次仮置き場に搬入された災害廃棄物の容積や、今後解体予定の家屋、公共建築物の棟数、海からのがれきの引き揚げ量実績などから、がれきの量を推計している。
見直した結果、現地処理も含む災害廃棄物の量は、宮城県では1570万トンから1150万トンに減り、岩手県では480万トンから530万トンに増えた。増減の理由は海への流出や引き揚げなど。理由の詳細は上記した「災害廃棄物推計量の見直し及びこれを踏まえた広域処理の推進について(PDF)」が詳しい。前編で掲載した、がれきの推定量と処理・処分量のグラフを2012年5月21日時点の情報で更新する。データの出典は環境省発表の「沿岸市町村の災害廃棄物処理の進捗状況(PDF)」である。

岩手県と宮城県は、「最大限県内処理を図ってもなお岩手県約120万トン、宮城県約127万トンの広域処理が必要」として、2012年5月21日、環境省に対して広域処理への協力を要請した。

岩手県における災害廃棄物処理量の見直しを踏まえた広域処理に関する協力依頼について(PDF)
東日本大震災により発生した災害廃棄物の処理について(依頼)(PDF)

これを踏まえ環境省は、木くず/可燃物/不燃物といった廃棄物の種類ごとに細やかな調整を実施していくとしている。
災害廃棄物推計量の見直し及びこれを踏まえた広域処理の推進(概要) (PDF)

今回の見直しと、受け入れ自治体の増加により、政府が立てた広域処理のめどが立ってきた。とはいえ、広域処理の大きな根拠のひとつだった宮城県石巻ブロックのがれき量が大幅に減ったことは、前編で述べた広域処理の必要性を少なくすることでもある。先のリンクで紹介した「災害廃棄物推計量の見直し及びこれを踏まえた広域処理の推進(概要)」によると、宮城県における減少要因として、以下の3つが挙げられている。

  • 当初推計のうち、相当数の家屋が海に流出
  • 解体をせずに補修する家屋等が相当数発生
  • 市町村による独自処理の実施

理由としては妥当性がありそうだ。だが、大々的に広域処理のPRをする前に、正確な推計量を提示できない理由の説明は十分だっただろうか。環境省が広域処理の必要性を伝えるときに、推定値であること、増えたり減ったりする可能性もあることをよく伝え、暫定的な値でありながらも広域処理の必要性がある可能性が高いという説明ができれば、後段で述べるリスクコミュニケーション、政府・行政の広報姿勢に対する国民の信頼性はいくらかよいものになったのではないか。

■ おそらくないけど、わからない――低線量被ばくの影響

冒頭でも述べた通り、環境省がこのがれきの広域処理を進めていく上で最も強く批判を浴びているのが安全性の問題である。議論を見る前に、放射線の人体への影響をおさえておこう。まず知っておきたいのは、放射線の人体への影響には「確定的」なものと「確率的」なものがあることだ。
放射線障害 - Wikipedia
前者の「確定的影響」は、ほぼ間違いなく起こるもの。被ばくした線量が高い場合は確定的な影響が出る。症状は脱毛などの急性放射線症候群や、不妊、胎児への影響など。これらの確定的な影響には「しきい値」がある。つまり、ある放射線量以上を被ばくすると、ほぼ間違いなく影響が出てくる。がれき広域処理で議論の対象となっているレベルの被ばくは、これにはあたらない。
後者の「確率的影響」は、影響があるかどうか、はっきりしたことがいえず、確率的にしかいえないものだ。影響は、がんになる、染色体に異常が生じるなど。例えば生涯100ミリシーベルト以上の被ばくをすると、被ばく線量と発がんの確率が比例している事実は、科学的に判明している。

放射線の人体への影響をまとめた図。文部科学省サイト内の「Q4.放射線は私たちの身体に影響があるのですか?:文部科学省」から引用した

科学的にわかっていないのは、確率的影響のうち、より低線量の被ばくを受けた場合だ。例えば100ミリシーベルト以下では、ある人ががんになったとしても、喫煙や肥満など他の要因のほうがずっと大きく、がんになったことの原因が低線量被ばくのよる影響によるものかどうかが現在の科学ではわからない。
もちろん、「わからない」ということは、「健康への影響はわからないほど小さいから無視していい」と等しくはない。重要なのは、この点について科学者によって意見が割れていて、科学的にたしかといえる事実がまだない、ということである。
このことは、専門家を集めた政府内の審議会でも明らかにされている。東京電力福島第一原発の事故を受けて内閣官房は2011年12月、低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループによる報告書をまとめた。
低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ 報告書(PDF)
本報告書では「現時点での科学的見地からの評価であり、何が科学的には一致した見解か、何が科学的には評価できていないか、現時点の科学の限界を含めて整理」している。そのまとめとして、100ミリシーベルト以下の低線量被ばくでは、子ども・妊婦も含めて、発がんリスクの増加は、他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど小さく「放射線による発がんのリスクの明らかな増加を証明することは難しい」としている。つまり「おそらく影響はないだろうが(確定的なことはいえないので)わからない」というスタンスなのだ。

■ 防護するための数値として

それでも、放射線の影響から健康を守るための指針は必要だ。各国が放射線防護の観点でよく利用する考え方が「直線しきい値無し仮説(LNT仮説)」である。影響があるかどうか科学的にわからない低線量被ばくであっても、影響がある比較的高線量の領域から直線的に近似して推測するモデルだ。
放射線安全研究センター
LNT仮説は何のために作られたか?社会としてリスクを許容するとはどんなことか? - Togetter
前述した低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループは、このLNT仮説をもとに「放射線防護の観点からは、100ミリシーベルト以下の低線量被ばくであっても、被ばく線量に対して直線的にリスクが増加するという安全サイドに立った考え方に基づき、被ばくによるリスクを低減するための措置を採用するべき」としている。これは、放射線の影響から健康を守るための防護方針として、国際的な合意がなされている、現時点でのまっとうな考え方だといえる。
ところがあらゆる数値は一人歩きしやすい。“確定的影響をもたらす限度”を示すものなのか、“放射線防護のための政策として安全側に寄せて検討した基準”なのか――。ある基準値が登場するとき、その違いが語られることは極端に少ない。ある基準値を決めることは、多くの人にとって「その値に近づいたら危険、超えたらとても危険」と類推されやすい状況を作ることでもある。先に紹介した低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループの報告書でも、この違いの説明の重要さを指摘している。
低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ 報告書(PDF)

科学的に証明された健康影響を示す数値なのか、政策としての放射線防護の目標なのかについて、国民に混乱を生じさせないように説明し、理解していただくことが極めて重要

この違いが震災後の日本でうまく理解されているとは思えない。とはいえ、東京電力福島第一原発の事故が原因で広がった放射性物質拡散の状況を見て、感情的になるなといわれても難しいだろう。そもそも、これまで「安全」とされてきた原発の事故が発端である。人々が政府や行政が発表することに不信感を持つのは当然のことだ。事故が収束に向かわない間、またその過程を見て、不安に思い、自身の健康に影響があるのではと心配する人がいてもおかしくない。
東京大学アイソトープ総合センター長の児玉龍彦教授は「人の問題としてとらえたときに『科学的にこうだから良い』となりがちなんだけど、確率論と病気の問題で大変なのは、たとえ100人に1人しか病気にならなくても――残りの99%の人には0%であっても“1人にとっては100%の問題”だってことなのです」と語る。がれきの広域処理によって自分の健康が脅かされるかもしれない。リスクがどれだけ小さくても、科学的にあいまいな部分が残っている以上、人々は不安になる。その不安は、適切な情報公開によってしか和らげることはできない。
「そういう感情があるのは理解しています」と答えるのは環境省 環境省大臣官房 廃棄物・リサイクル対策部 広域処理推進チーム チーム長 関谷毅史氏である。「科学的知見や、そうしたご懸念を踏まえて、環境からの健康被害を守るため、安全といえる政策としての様々な基準を定め、災害廃棄物の処理を推進しています」(同氏)。
とはいえ、多くの人が受け入れる「科学的知見を踏まえた安全」な基準が作られ、それに沿って粛々と「安全」ながれきが広域処理されるならば、がれき問題だけでここまでの大騒動にはならなかったはずだ。多くの人が不安な感情を持ったまま、信じられず、疑いたくなり、批判が消えず、国民が混乱し続け、理解できない原因はどこにあるのか。

■ 環境省が設けた焼却後8000ベクレル/kgの根拠

環境省 大臣官房 廃棄物・リサイクル対策部 廃棄物対策課 課長の山本昌宏氏。がれき広域処理を担当する

「放射線の量がどうなのかという部分が問題なのです。冷静に見ていただければ広域処理のがれきについてはご心配いただくような数値ではないと認識しています」と、定量的な理解の重要さを語るのは、環境省 大臣官房 廃棄物・リサイクル対策部 廃棄物対策課で、がれき広域処理を担当する山本昌宏課長だ。
環境省は、可燃物の放射性セシウム濃度が240~480ベクレル/kg以下の場合、濃縮率は焼却炉により異なるが、最も厳しい条件で評価しても、焼却灰のセシウム濃度は8000ベクレル/kgを下回り、このとき埋め立ての作業員であっても追加的に被ばくする放射線量は1ミリシーベルト/年以下に、埋め立て処分後の周辺住民の追加的な被ばく線量は0.01ミリシーベルト/年以下(10マイクロシーベルト/年以下)だと説明する。
http://kouikishori.env.go.jp/howto/

環境省が設けた広域処理の対象とする災害廃棄物の基準。可燃物の場合、放射性セシウム濃度が240ベクレル/kgから480ベクレル/kg以下のものを広域処理の対象の目安とする

自然放射線の日本人平均は1.48ミリシーベルト/年。一般公衆の年間線量限度はこれに1ミリシーベルト/年を加えたもので、加えたとしても自然放射線の世界平均である2.4ミリシーベルト/年とほぼ変わらない。このような状況下で、広域処理により周辺住民の被ばく線量は年間0.01ミリシーベルトだけ増える、というのが環境省の基準だ。焼却処理で放射性セシウムが濃縮されたとしても「健康被害が出ない基準値を定め、それを守っています。試験焼却や実験の結果でも、問題のない範囲に収まることを確認しています」(同氏)という。
災害廃棄物の広域処理の推進について
岩手県と宮城県の沿岸市町村の災害廃棄物の放射能濃度測定結果一覧

■ 「不安を払拭できない」――札幌市長

ところががれきの受け入れ当事者である地方自治体の首長は、この基準に疑問を投げかけた。疑問点の一つ目は、震災前と震災後で基準が変わったことだ。札幌市ウェブサイトで2012年3月23日、札幌市の上田文雄市長による文章が掲載された。一部を引用する。
東日本大震災により発生したがれきの受入れについて/札幌市

震災以前は「放射性セシウム濃度が、廃棄物1kgあたり100ベクレル以下であれば放射性物質として扱わなくてもよいレベル」だとされてきました。しかし現在では「焼却後8,000ベクレル/kg以下であれば埋立て可能な基準」だとされています。「この数値は果たして、安全性の確証が得られるのか」というのが、多くの市民が抱く素朴な疑問です。

上田市長は「私自身が不安を払拭できないでいるこの問題について、市民に受入れをお願いすることはできません」との態度を示した。札幌市は2012年4月4日にも、細野環境大臣へ「現時点で安全性が明確にされていない災害廃棄物を受け入れることはできません」と回答した。
徳島県も同様に、徳島県ウェブサイトの「とくしま 目安箱」というコーナーで、「国に対して丁寧で明確な説明を求めているところ」という趣旨の回答をしている。
http://www.pref.tokushima.jp/governor/opinion/form/652

東日本大震災前は、IAEAの国際的な基準に基づき、放射性セシウム濃度が1kgあたり100ベクレルを超える場合は、特別な管理下に置かれ、低レベル放射性廃棄物処分場に封じ込めてきました。(クリアランス制度)
ところが、国においては、東日本大震災後、当初、福島県内限定の基準として出された8,000ベクレル(従来の基準の80倍)を、その十分な説明も根拠の明示もないまま、広域処理の基準にも転用いたしました。

飯泉嘉門徳島県知事の細野環境大臣への2012年4月4日の回答は「受け入れを前向きに検討する市町村等はございませんでした」というものだった。
一方、8000ベクレル/kgの基準が納得できないので受け入れないとした札幌市や徳島県とは異なり、大阪府は国の基準(焼却炉の形式がストーカ炉なら240ベクレル/kg、流動炉なら480ベクレル/kg)よりも厳しい100ベクレル/kg以下のがれきであれば受け入れる方針を示している。このあたりの方針や大阪府の考え方は大阪府のウェブサイト上にまとまっている。
大阪府/災害廃棄物処理に関するQ&Aについて
札幌市と徳島県、そして大阪府。前者は受け入れを拒否した自治体で、後者は受け入れを表明した自治体だ。両者には大きな差があるように見えるが、政府、環境省が示した基準に疑問を持っているという点で、実はスタート地点は同じなのだ。

■ 8000ベクレル/kgと100ベクレル/kg、2つの基準

東京大学アイソトープ総合センター長の児玉龍彦教授

笹山登生元衆議院議員(@keyaki1117)をはじめ、基準策定や展開の経緯、その基準に対してお墨付きを与えてきた有識者会議のあり方を批判する声は少なくない。
http://togetter.com/li/286972
児玉龍彦教授もその一人だ。児玉教授は広域処理については、岩手県など、線量的に問題がないがれきであれば広域処理することには問題ないとする立場だが、環境省の8000ベクレル/kgという基準で処理することについては反対している。2012年3月6日の筆者による取材に対し児玉教授は「クリアランス基準では、昔から100ベクレル/kgでやっているのだからそれでやるしかない。環境省がやっているのはその場しのぎ。そのようなやり方でやっていると、むしろ後で逆にコストがかかってくると僕は思うんです」と語った。児玉教授への取材の様子は以下の動画で公開する。

震災前の政府は、焼却灰でもそうでなくても100ベクレル/kg以上のものは放射性物質として管理してきた。では、なぜ震災後に8000ベクレル/kgという数字が登場したのか。その回答は環境省の広域処理サイト内「よくあるご質問」で下記のように記載されている。

8000ベクレル/kgという基準は、埋立終了後に処分場の周辺にお住まいの方が受ける年間放射線量が0.01ミリシーベルト/年以下になり、かつ、災害廃棄物の処理・処分において、最も被ばくすると想定される人(廃棄物の埋立処分などに従事する作業員が年間1000時間作業した場合)でも、その年間被ばく線量が、一般公衆の線量限度である1ミリシーベルト以下になるように設定された数値です。
100ベクレル/kgという基準は、災害廃棄物を再利用した場合、その製品などによる年間被ばく線量が0.01ミリシーベルト/年以下になるように設定された数値です。

これによれば「震災前の基準」とされる100ベクレル/kgは「廃棄物を安全に“再利用”できる基準」であり、8000ベクレル/kgは「放射性セシウムに汚染された廃棄物について、一般的な処理方法で安全に処理するために定めた基準」である。100ベクレル/kgの基準を適用して再利用されるものは、震災前と同様に、だれかの近くに存在する可能性がある。8000ベクレル/kgという基準を適用する廃棄物は、安全を管理できる手法に従って最終処分場に埋め立てられ、だれかの近くに存在するという可能性はない。ゆえに、両者には違いがあるとするのが環境省の説明だ。
徳島県の指摘の通り、100ベクレル/kgという基準は2005年5月の原子炉等規制法改正から震災前まで、ずっと利用されてきた。8000ベクレル/kgという基準が登場したのは、震災からおよそ3ヶ月後の2011年6月23日である。環境省は「福島県内の災害廃棄物の処理の方針」という文書を公開した。
福島県内の災害廃棄物の処理の方針(PDF)
環境省の山本昌宏課長は「作業員の被ばくを年間1ミリシーベルト以内に収めることが基準になった」と語る。「まず、自然界には放射能がある。その前提で原子力の世界ではどれだけ追加被爆を許容するかという考え方があります。今回の場合『処理に携わる方が追加被ばくしても年間1ミリシーベルト以内に収める』という方針が、早い段階で原子力安全委員会から示されたので、この安全の考え方に乗っ取って廃棄物処理のプロセスを考えました。廃棄物処理における一連のプロセス――集めてくるところから、施設で破砕したり燃やしたり、詰め込んだり埋め立てたり――そのプロセスに加え、下水道の汚泥処理の世界の両方で検討した結果として、共通の物差しとして8000ベクレル/kg以下であれば、作業される方の被ばくを安全側に見ても年間1ミリシーベルトを超えないと見て線が引かれた経緯があります」(同氏)。
つまり、環境省は震災以前から存在する「一般公衆の年間被ばく限度1ミリシーベルト」をベースに、「放射性セシウムに汚染された廃棄物について、一般的な処理方法で安全に処理するために定めた基準」として、8000ベクレル/kgを放射線防護における政策的な基準値として新たに定めたということだ。

■ 基準策定から広域処理への経緯

しかしその意図は、札幌市や徳島県などの地方自治体には理解されなかった。児玉教授のように放射線を専門にしたキャリアを積んだ識者からも批判を受けた。当時の経緯を詳しく見てみよう。
前述したように、8000ベクレル/kgという基準は、2011年5月13日から環境省内に設けられた有識者会議「災害廃棄物安全評価検討会」が策定した。福島県内の災害廃棄物の処分方法から話し合いが始まったこの検討会は、第3回に当たる2011年6月19日、福島原発周辺の警戒区域・計画的避難区域を除く福島県内の災害がれきの処理方針を了承した。その方針は2011年6月23日に「福島県内の災害廃棄物の処理の方針」として公開されている。
福島県内の災害廃棄物の処理の方針(PDF)
この文書内の「(参考3)安全評価のための計算の例」の「(2)埋立処分における作業者への影響」において、作業員が年間1ミリシーベルトを超えないようにするため、8000ベクレル/kg以下という基準が示された。
なお、8000ベクレル/kgという政策としての基準値を定めた災害廃棄物安全評価検討会は非公開で催された。議事録は現在では第1回から第7回まで環境省ホームページで公開されているが、「福島県内の災害廃棄物の処理の方針」発表時には、非公開だった。この議事録が非公開だったことがのちのち禍根を残すことになる。
事態が大きく進展するのは、この2日後の2011年6月25日だ。東京都の江戸川清掃工場で発生した焼却灰(飛灰)から9740ベクレル/kgの放射性セシウムを検出された。
http://www.city.edogawa.tokyo.jp/shinsai/housyasen/seisou/seisoukojo/index.html
さらに2日後の2011年6月27日、東京都はその対応を報道発表する。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2011/06/20l6s200.htm
この発表の中で東京都は国に対して、福島県以外の地域において、放射性物質を含む焼却灰処理の取り扱い基準を早急に示すことを要請した。

環境省が2011年6月28日に関係都県の廃棄物行政にあてた事務連絡「一般廃棄物焼却施設における焼却灰の測定及び当面の取り扱いについて」。別添資料として「福島県内の災害廃棄物の処理の方針」を含む

続いて次の日の6月28日、この要請を受ける形で環境省は「一般廃棄物焼却施設における焼却灰の測定及び当面の取扱いについて」というタイトルで、関係都県廃棄物行政主管部(局)あてに、事務連絡をした。
一般廃棄物焼却施設における焼却灰の測定及び当面の取扱いについて(PDF)
この中で環境省は、(1)焼却灰の測定、(2)当面の取り扱い、(3)作業員の安全確保――の3点を示した。これらのうち(2)と(3)の参考資料として、前述した「福島県内の災害廃棄物の処理の方針」をひいている。

■ 基準値における、地方自治体と環境省のすれ違い

この流れを環境省の方針に否定的な地方自治体の視点でまとめるとこうなる。福島県の線量の高いがれきを処理するため環境省が密室で暫定的に作った8000ベクレル/kgという基準を突然発表した。直後に、それを超える焼却灰が江戸川清掃工場から検出されてしまった。東京都は国に基準をもとめた。そこで環境省は、福島県内の災害廃棄物を処理するための方針を広域処理に“転用”した。
一方、環境省から見た流れは以下である。福島県の線量の高いがれきを安全に処理するために、従来からの公衆被ばく年間1ミリシーベルトという基準――科学的にたしかといえることをベースに、安全サイドに立って政策としての基準値として、8000ベクレル/kgを定めた。直後に、それを超える焼却灰が江戸川清掃工場から検出された。福島県であってもそれ以外の地域でも、災害廃棄物を処理するための方針として、焼却灰を含む最終処理の基準8000ベクレル/kgを展開した。
ここに、大きなすれ違いが存在する。「『福島県内の災害廃棄物の処理の方針』は、福島県で発生した災害廃棄物を処理する目的で、処理作業に携わる人も含めて、科学的に安全にといえる基準を定めたもので、大量の災害廃棄物を最終処分場で安全に管理するための新しい基準です。廃棄物をそのまま再利用ことを想定した100ベクレル/kgとは違います。たしかに当初福島県向けに作った基準を他の都道府県にも展開しましたが、そもそも福島県だけ危険な基準を使ってよい理由はありません」(環境省 関谷氏)。
福島だけ“特別扱い”したわけではなく、あくまで日本全国で使える安全な基準を策定したというのが環境省の主張であり、環境省から見れば、当時も今もそうなのだろう。しかし、地方自治体からはそう見えなかった。このすれ違いが、現在の状況を生み出しているのは明らかだ。
さらに議論の種になっているのは、基準値を超える高い線量の廃棄物の取り扱いだ。8000ベクレル/kgより放射性セシウム濃度が高い廃棄物の処分方法は、広域処理を推進していた当時、明確には示されなかった。前述の「福島県内の災害廃棄物の処理の方針」では

放射性セシウム濃度が 8,000Bq/kg を超える場合は、埋立処分するのではなく、埋め立てられた主灰中の放射性セシウムの挙動を適切に把握し、国によって処分の安全性が確認されるまでの間、一時保管とすることが適当である。

と、安全性の確認を待って一時保管することを推奨している。焼却灰などからの放射性セシウムの溶出挙動や、土壌に対する吸着効果の知見などをもとに、最終的な処分方法が示されたのは2011年8月31日のことだった。
8,000Bq/kgを超え100,000Bq/kg 以下の焼却灰等の処分方法に関する方針について(PDF)
この間、8000ベクレル/kgの基準値を超える焼却灰がみつかっていた。2011年7月11日、ごみ焼却灰処分場がある秋田県小坂町で、千葉県松戸市内のごみ焼却施設から排出された焼却灰から、1万500ベクレル/kgの放射性セシウムが検出された。
http://www.asahi.com/national/update/0919/TKY201109190407.html
http://www.asahi.com/national/update/1203/TKY201112030123.html
基準が示された後の2011年12月にも、東京都杉並区の小学校にあった芝生の養生シートから9万600ベクレル/kgの放射性セシウムが検出された。
http://www.asahi.com/national/update/1213/TKY201112130198.html
基準を超える高線量のものは、原発事故があった福島県以外でも現実に存在する。そして、高線量のものが身近にみつかれば、人が不安を感じるのは当然だ。震災から半年、1年といった時期に、環境省にすべてを求めるのは酷なのかもしれないが、「何が安全か」という基準に加えて、危険の存在を確実に認め「高線量のものはこう処理する」という手法も当初から示せていれば、高線量の焼却灰などがみつかったときに国民が感じる不安を――少しかもしれないが――弱めることができただろう。
環境省関谷氏の「処理作業に携わる人も含めて、科学的に安全にといえる基準を定めたもので、大量の災害廃棄物を最終処分場で安全に管理するための新しい基準」という意図は理解されず、また、より高線量のものの処理がどうなるかも不透明なまま、広域処理における「安全」のすれ違いが起こった。

■ 「ほぼ100%除去できる」とするバグフィルター

がれきの広域処理は、環境省が設けた「政策としての安全な基準」ですでに進んでいる。筆者は2012年3月2日、東京都中央区晴海の中央清掃工場へ運び込まれた女川町の災害廃棄物が処理される様子を見た。

津田さん女川の廃棄物を受け入れる東京都中央清掃工場からのtsudaり - Togetter
焼却処理の様子を写真でまとめる。

女川町で選別されたがれきがトラックと鉄道での輸送を経て、東京都中央区晴海の中央清掃工場に届いたところ

「ごみバンカ」と呼ばれる集積場に女川町のがれきを降ろした。周辺の白い部分はいわゆる東京都推奨ゴミ袋

「ごみクレーン」を用いて女川町のがれきと東京都のごみを混合していく。均質化して燃焼を安定させるのが狙い

モニタの右上が焼却炉による燃焼の様子。排煙はバグフィルターや排ガス洗浄装置を経て煙突から排気される



この焼却において、セシウムを隔離して取り除く機能を果たすのは、焼却炉施設のうち「バグフィルター(集じん器)」と呼ばれる部分だ。バグフィルターは、排ガス中の微粒子の灰を除去する装置で、ダイオキシン対策などを目的に備えられている。「ダイオキシン対策のため焼却場に取り付けたバグフィルターが、原発事故以降、結果的にセシウムへの対策にもなった」と環境省の山本課長は説明する。
http://kouikishori.env.go.jp/howto/index2.html

環境省は、焼却する際にはバグフィルターなどの排ガス処理装置で放射性セシウムをほぼ100%除去できると説明する

「セシウムは、焼却炉はかなり高熱で燃やしますので一部気化します。気化したものは排ガスの処理施設に入っていくのですが、その時に200度くらいに冷やされるとセシウムは気体ではいられなくなるので、固体の形になり、フィルターでほぼ完全に取れる。実際、出口のところで排ガスの中の放射性セシウム濃度を測っているのですが、セシウムはほとんど検出されない。だからここで集めた灰を安全に処分場に入れて土をかけて遮へいしてしまえば一般の方の生活とは切り離されてしっかり管理されるということになります。16都県の排ガスデータも載せておりますが、大半の施設で検出されないNDで、ごくわずか検出されるところも、安全性の目安となる濃度限度の10分の1以下の低い値しか出ていません。ほぼ完全にフィルターで取れています」(山本課長)

■ 月に1回でいいのか、トラブルに対処できるのか

この点についても、ネットでは疑問や指摘が相次いでいる。例えば、環境省や東京都が計測している排ガスに含まれる放射性セシウムの計測方法だ。現状、バグフィルターがどれだけ効果を上げたのか、その効果測定は月に1回だけである。
東大の児玉教授は「線量流量計」を利用して排気の放射線量を常時計測すべきと主張する。「広域がれき処理における環境省や自治体焼却場は、線量流量計を使うべきです。線量流量計は僕がいるアイソトープ施設にも置いてあるし、コスト的にもそこまでかからない。空気のバイパス路を作って、一定量の空気を流して計るだけですからね。そういう技術は放射線の施設には当たり前のようにあるわけです」(児玉教授)
国土交通省の放射能汚染対策関連の検討会委員を務める東京大学の森口祐一教授(@y_morigucci)は「煙突内での放射線量連続監視」と「ダスト(飛灰、ばいじん)と放射性物質両方の監視」を訴えている。
http://togetter.com/li/247481
過去にはバグフィルターのトラブルもあった。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が1999年度からはじめた「都市ごみ焼却施設におけるバグフィルターに関する調査」によれば、多くの自治体でバグフィルターに関するトラブルが報告されている。
例えば2001年に千葉県の野田市の清掃工場で起きた事故である。バグフィルターが備える600本の「濾布」のうち、78本が破損し、1~2カ月にわたり通常の約100倍の飛灰が出た。
http://www.city.noda.chiba.jp/qa/qa-027-01.html

バグフィルターに何らかのトラブルがあった場合、なるべくすぐに焼却を止める必要があるという見解は環境省も同じだ。ただし監視は、すでに存在するばいじんのリアルタイム監視だけで十分で、排煙の放射線量をリアルタイムで監視する必要はないと考えている。
「ダイオキシン対策が進んだ時代に、バグフィルターの整備と運用技術は一気に良くなりました。現在、ばいじんが基準値を超えて排出されないかはリアルタイムで監視されているからです。高濃度の放射性物質が排出される可能性を前提にした施設とは違って、直接的に放射線を監視しているわけではありませんが、結果としてバグフィルターが機能しているかをリアルタイムで監視できる仕組みが整っています。これまでの運用実績からしても、バグフィルターが大幅に破損した場合は、すぐに対策できると考えています」(環境省 関谷氏)
環境省はごみ処理のノウハウから、既存のばいじん監視を利用してバグフィルターの機能を監視するという、コスト的に合理的な選択をしたのだろう。とはいえ、バグフィルターの有用性については専門家からも疑義を唱える声がある。そのような状況下でバグフィルターの有用性を証明するには、モニタリング体制を整え、データ公表を継続することでしか実現できないのではないか。結果的にコストがかかっても――たとえそれが杞憂であったとしても――周辺住民が欲しいのは安全な環境が最大限確保されていること。その可視化ではないのか。

■ リスクコミュニケーションの失敗

8000ベクレル/kgの策定と展開、バグフィルター監視の実際――調べて、取材して、ようやく見えてきた現状は「政策としての科学的な安全」や「合理的で現実的な選択」であったとしても、適切な説明と情報公開がなければ、厳しく疑問を持たれ、答えが得られない間に不安が増し続けるということだ。環境省は、広域処理の前に行う基準作りと、それに伴う日本国民とのリスクコミュニケーションに大きな課題を残した。
リスク・コミュニケーション - Wikipedia
リスクコミュニケーションの役割 | 原子力災害専門家グループ | 東電福島原発・放射能関連情報 | 首相官邸ホームページ
リスクを定量的に理解できる形で説明し、疑問や批判にすべて答え、それが機能し続ける姿を示さない限り、前には進めない。
参考になる事例がある。1999年、ベルギーで起きた国産食肉のダイオキシン汚染問題だ。
ベルギー産の鶏肉等のダイオキシン汚染について
ダイオキシン汚染事故に関する対策について(ベルギー産鶏肉等のPCB汚染事故について)

日本も一時輸入保留、販売自粛などを行うなど、世界中を巻き込んだ大事件となったこの問題は、ベルギー政府の対応が遅れ、汚染範囲が広がってしまった。
ベルギー政府はこの問題で大きな失態を犯した。政府調査で鶏肉からもダイオキシンが検出されたが「それを公表するとパニックになる」という理由で1ヶ月公表せず、放置していたのだ。その間に様々な憶測が飛び、鶏肉の輸出制限だけでなく、ベルギーワッフルやチョコレートといったダイオキシンとは無関係な食品への「風評被害」も広がっていった。
事態を重く見たベルギー政府は事件再発防止のため食品の安全性を監視する新機関「ベルギー連邦フードチェーン安全庁(AFSCA)」を設立し、情報の一本化と公開を進めた。また、厳しい安全基準とそれを保守するための厳しい罰則をはっきり提示し、メディアに積極的に情報を流していくことで失われた信頼を少しずつ取り戻していった。
事件から1年で輸出制限は解除されたが、ベルギー人が安心して国内の食肉を購入するようになるまで4~5年はかかった。完全に忌避感がなくなったのはつい最近のことだ。そのあたりの経緯は財団法人農林水産奨励会がまとめたレポートに詳しい。
食品のリスクコミュニケーションに関する海外調査報告書(ドイツ・ベルギー)(PDF)
一度こじれた政府と市民のリスクコミュニケーションを復活させるのはいかに難しいのかよくわかるエピソードだ。

■ 公開性、正確さ、冷静さ、わかりやすさ、タイミング――

目をつぶると今も目の前に女川や石巻のがれき山が浮かぶ。あのがれきが処理されない限り、現地の人たちが次に進めない――これは現地に住む方々や、現地を訪れた者にしか共有できない感覚だろう。彼らががれき処理において困っていることは、まぎれもない「現実」だ。
とはいえ、メディアに膨大な税金を単に投入することでは、がれきに悩む被災地を救うことはできない。現在の安全基準を多くの人が納得できるよう情報公開のやり方や説明の仕方を見直し、基準を守るためのガバナンスを徹底する。それらすべてを透明化された議論の中から生み出す――これができない限り、多くの人が納得できる「広域処理」は不可能なのではないか。
野田首相は東日本大震災から1年となった2012年3月11日の記者会見でがれきの広域処理について「日本人の国民性が再び試される」と述べた。一方、EUは福島第一原発の事故を受け、2011年3月以来行っていた日本産の食品や飼料に対する輸入規制措置を2012年10月まで延長することを決めた。
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20120228-OYT1T01111.htm
この決定に対して「欧州人の国民性が試される」と評する人間がいるだろうか。
そもそも、がれきの広域処理は「国民性」だけで解決できるような問題ではない。未曾有の放射能災害が起きている現状だからこそ、リスクコミュニケーションを成り立たせることを最優先課題としなければならない。そのためには、政府、民間、専門家の力を集め、透明化された議論の中から日本が望める最高の答えを探る――そのプロセス内に、この問題を解決するカギがある。
ベルギーのダイオキシン事件でポリティカル・マネージャーを務めたFreddy Willockx氏による「リスクコミュニケーションの5つの基本理念」という講演の記録がある。先に挙げた財団法人農林水産奨励会によるレポートの中で資料として抜粋されている(pp.82-83)。リンクを再掲し、抜粋を引用する。
食品のリスクコミュニケーションに関する海外調査報告書(ドイツ・ベルギー)(PDF)

コミュニケーションは危機管理の重要要素

危機管理で重要なのがコミュニケーションである。ダイオキシン事件から(これに限定するのではないが),伝達が不正確だったりタイミングを誤ったりすると,深刻で感情的なパニックが引き起こされることが分かった。

危機の際のコミュニケーションは,公開性,正確さ,冷静さ,分かりやすさ,タイミングの5つの基本理念に基づいて行われる。

(1)公開性
要するに,何も隠さないようにするということである。制止しなければならない事態が生じた場合,事実の報告件数を把握できていない,あるいは特定の情報を伝達したということから,予想しなかったような重大な結果が引き起こされ,危機の深刻さが助長されることもある。そのようなときは,メディアに相談したり約束事を決めておくのも一つである。報道組合を中央の窓口にすることができるだろう。

(2)正確さ
政策担当者は,専門的な問題に答えられなくとも心配する必要はないが,国民に的確かつ正確な情報を提供できるよう最善を尽くさなくてはならない。このため,公式声明を出すときには必ず専門家を傍らにおき,質問に正しい答えを返すようにする。

(3)冷静さ
情報を伝達する目的の一つは,仮想現実の状況が起こらないようにすることである。Hugo De Ridder 氏は,近年の著書「Persvrijdal」でこの問題を取り上げ,メディアと政治家が一体化した場合に,エモクラシー(emocracy)がどのように進展するかを挑発的に論じた。それによると,エモクラシーの状態では,合理的な思考と明確な判断が段々後退するのだという。

(4)分かりやすさ
これは自明であるように思われるが,果たして情報の伝達が不十分だとされる場合がどれほどあろうか。複雑なメッセージを,その内容を国民が即座に分かるように伝えるのは常に至難の業であった。だが,訓練と教育によって大部分は改良することができる。

(5)タイミング
これも危機の際のコミュニケーションには大変重要である。適切な人物が情報を出来る限り早く十分かつ正確に伝え,国民が様々な事態を想像したり憶測が飛び交わないようにすることが大切である。実際,こうしたものは一度根付くとなかなか消しにくい。しかしだからといって,メディアのタイミングに合わせて慌ただしく対処してよいというのではない。ニュース速報の時間があるとか,メディアの締め切りがあるなどの理由から性急に情報を伝達することは,危機管理にあっては許されない行為である。危機の沈静化過程や危機の最中に対応が求められた場合,自分のタイミングの感覚に従うことが最も大切なのである。

以上のようなオープンで丁寧なコミュニケーションのあり方を踏まえ,国民が危機をできる限り現実に即した形で把握できるよう,メディアは最善を尽くされたい。それには,報道関係者との間でこれについての何らかの取決めが不可欠である。紳士協定を集約して何らかのマニュアルの形にまとめてもよいだろう。

このような指針をもって、ベルギー政府は10年かけて少しずつ国民から信頼を取り戻していった。筆者は、女川や石巻のがれきが安全に広域処理され、当地の復興が早く進むことを望んでやまない。しかし、いま環境省がすべきことは、十分な説明なしに広域処理を進めることではなく「リスクコミュニケーションの5つの基本理念」に沿って地道に広報活動を行うことなのではないか。
2012年5月25日、環境省は「がれき処理データサイト」を開設した。被災地の自治体と被災地の自治体と受入側の自治体がそれぞれ測定した「仮置場の廃棄物」「焼却後の排ガス」などの放射能濃度データなどを集約している。
環境省_岩手・宮城 がれき処理データサイト
サイトの趣旨は以下である。

岩手県・宮城県のがれき(災害廃棄物)の広域処理について、国民のみなさまから不安の声を多数いただいている現在の状況は、これまでの政府の説明や情報の出し方のわかりにくさがひとつの原因だと考えております。このことが、受入に対するご理解をいただく上で障害にもなっていました。 そこで環境省では、情報公開のやり方を改善すべく、このサイトを立ち上げました。広域処理に関する情報を、オープンに、かつわかりやすく、国民のみなさまと共有するためのサイトです。

「絆」が生まれるのは、お互いに信用できる環境があってこそだ。信用を回復するために、今必要なのは何か。我々はどうすればこの問題について、政府や環境省を信頼できるようになるのか。それを本気で考えることが環境省に――そして、我々にも突きつけられている。

(了)

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文: 津田大介

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