”日本のウェブを明るくしたい”――『シリコンバレーから将棋を観る』翻訳プロジェクトリーダーに聞く(前半)

「本書の全部または一部を、英語はもちろん中国語でも韓国語でもスペイン語でもフランス語でも、どなたが何語に翻訳してウェブにアップすることも自由、とします(許諾の連絡も不要です)」

――2009年4月20日、経営コンサルタント・梅田望夫氏が、自身の新著である『シリコンバレーから将棋を観る』に対して、こんな宣言を発表した。

その言葉に応えて、それから9日後の29日に発足が呼びかけられた「みんなで丸ごと英訳」プロジェクト。そのメンバーたちは、訳出開始からわずか6日後の5月5日には全訳をほぼ完了、そして2日間の校正作業を経て8日にはドラフト公開と、爆発的な速度で翻訳作業を進行させ、多くのネットユーザーの度肝を抜いた。そして、現在はネット上に彼らの訳文が一般公開されて誰もが編集できる体制となり、多くの人間を巻き込みながら本格的な翻訳作業が進行し始めている。

今回、メールインタビューに答えてくださったのは、プロジェクトリーダーの薬師寺翔太氏(ブログは「日本にもシリコンバレーを!!!」)。東京の国立大学に通う、現役の学生の方である。取材依頼メールでのやり取りの段階から、率直さと勢いに溢れた文面から、ぐいぐいと他人を引っ張っていく抜群のリーダーシップが感じられて筆者は強い印象を受けたものだが、今回寄せられた気合いのこもった長文の回答にも、そんな彼の個性は目いっぱい表現されているように思う。

(※このインタビューは2009年5月9日に質問を送り、12日に回答をいただいたものを元に構成しました。)

「一番最初に完成したら梅田さんと接点が作れる!」と思った

――まず最初に、現時点でどの程度まで作業が進行しているのかを教えていただけないでしょうか?

「4月29日に「みんなで丸ごと英訳」プロジェクト(以下プロジェクト)が発足を呼び掛けて、そこから半日で10人がプロジェクトメンバー入りを志願して集まってくれました。

時期が丁度ゴールデン・ウィークと重なったのが幸いして、メンバーが英訳作業に没頭することができたため5月5日には一通り訳し尽くすことができ、そこから3日間で将棋用語のチェックや日時フォーマットなどの細かい点を詰めて、5月8日に一般公開に漕ぎつけました。

いまは公開4日目で、当プロジェクトに興味を持って頂いた本当に多くの方が公開された訳を読んでくれており、各々が気になった文章を修正してくれています」

――そもそも、このプロジェクトが始まったきっかけは、何だったのでしょうか? また、メンバーはどのようにして集まったのでしょうか?

「このプロジェクトが始まったそもそものきっかけは、世界に将棋を広める会の理事である蒼龍さんが『シリコンバレーから将棋を観る』を読んだ後に書かれた、「この本が英訳されれば大きな意味があるかもしれませんね。」という、本人曰く「独り言みたいな私のトラックバック」に著者の梅田望夫氏が反応して、「新著『シリコンバレーから将棋を観る』は、何語に翻訳してウェブにアップすることも自由、とします。」と宣言されたことでした。

この梅田さんのエントリーを読んだ僕は、「一番最初に英訳を完成させられれば梅田さんと接点が作れる!」という下心丸出しの動機を持って、まずは自分の友達を中心に協力者を募ってみました。しかし、思うように協力者が集まらず悩んでいたところ、友人が「ブログで協力者を募ったらいいんじゃない」と助け舟を出してくれて、そこで協力者の一般公募に踏み切ったのがプロジェクト発足の直接のきっかけです。今いる10人のメンバーは、この一般公募に反応して「協力者になりたい」と真っ先に手を挙げてくれた方たちです」

英語力に自信を持ってた人は一人もいなかった

――メンバーの将棋の経験や英語力について教えてください。

「メンバー10人のうち半分が、プロジェクトに係わるまで将棋を知らなかった、あるいは、ほとんど関心がなかった人です。

他には、「将棋を広める会」の理事の方が一人いて、残りが将棋は小さいころに指していたが今はもう指していないという「指さない将棋ファン」です。

英語力に関しては、英語を母語としている人は一人もおらず、海外歴最長者が12年で、あとは海外歴9年という人を除いたら、数年、さらには海外は旅行で行っただけのような人もいます。要するに、英語力に自信を持って参加した人は一人もいなかった。今改めて振り返ってみると一週間もかからないでよく英訳し尽せたな、と感慨深いです」

――具体的な訳出の過程で気をつけた点などがあれば、教えて戴けないでしょうか?

「訳に関して、メンバー間で大激論になり、苦心したのが以下の二点でした。

まず一つ目ですが、第七章の対談の訳し方について、『シリコンバレーから将棋を観る』編集者の岡田さんよりこのようなアドバイスを頂いたんです。

年下の羽生さんが年長の梅田さんを敬い、己を理解してくれる人とみなして心を開き、

そして梅田さんは、それ以上に永世名人の羽生さんを敬って、その存在を言祝いでいる。

……というのが、海外の将棋ファンに伝わるといいなぁと思いました。

フランス将棋連盟の会長(武道の達人で日本人以上に和の礼節を重んじる人)みたいな海外ファンに

我々日本人が抱く羽生さんへの畏敬の念まで伝えられたら、感激すると思うんですよね。

こういった「尊敬の念」のニュアンスをどこまで英語で表現できるかという点。

そしてもう一つが、本の中で登場する四人の棋士の深い経験に裏付けられた重い言葉を、その言葉の重みがどれほどのものなのかも分からない人が訳してしまっていいものなのか、訳すとして、どのようにしてその重みを少しでも伝えることができるのかという点です」


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