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【未読の『スゴ本』を求めて】僕たちがSFに惹かれる理由

「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」管理人のDainさんとSF小説を中心とした書評で人気のはてなブログ「基本読書」の冬木糸一さんがSFの魅力について縦横無尽に語り合います。

僕たちがSFに惹かれる理由

テクノロジーを軸にビジネス、アート、ライフスタイルの最新動向を追いかける「はてなニュース」の連載対談企画「未読の『スゴ本』を求めて」。ホストは「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」管理人のDainさんです。SF小説を中心とした書評で人気のはてなブログ「基本読書」の管理人 冬木糸一さん(id:huyukiitoichi)を第1回のゲストとしてお呼びしました。稀代の読書家2人が「世界観の転倒装置」としてのSFの魅力について語り合います。

いま見えているものが、現実のすべてとは限らない

Dain(スゴ本) 今日は冬木さんとSFのお話をするということで、本を何冊か持ってきました。たとえば、先日「基本読書」で紹介されていた『眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く*1』。最近読んで感動した「タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源*2」でも参照されていたので、とても興味深く読みました。「SFじゃないじゃないか」と言われそうですが、理由は後で説明します。

冬木(基本読書) 『眼の誕生』は面白かったですね。

Dain はい。地球上の生物はカンブリア紀に大きな進化を遂げ、さまざまな種類に分かれたとされています。『目の誕生』の著者アンドリュー・パーカーが展開する理論の焦点はまさに生物における“眼の誕生”であり、その進化の結果として、捕食者/獲物という関係性が激化し、(生物に)外殻をまとわせたという風に展開します。いわゆる「光スイッチ説」です。「カンブリア紀以前にも地球にはたくさんの生物がいたけれど、"眼の誕生"により、化石としてわたしたちの目に見えるようになった」という発想! 世界がひっくり返るかと思いました。

生命、エネルギー、進化*3』でも、深海に「アルカリ熱水噴孔」という層があり、そこに微生物がたくさんいることが分かったとあります。それまで深海といえば“死の世界”で、生物はいないと思われていました。でも、それ、実は見えなかっただけなのかもしれない。見えるようになったら、実はそこに生命が存在していた、という。

「いま見えているものが、現実のすべてだ」と思っていると、思わぬところで足元をすくわれるかもしれないなと思いました。

想像力で世界観を更新する

Dain 『眼の誕生』『タコの心身問題』、あるいは『生命、エネルギー、進化』はSFではありませんが、これらの本で語られている内容を読んで僕は世界の見え方が変わる体験をしています。そんなショッキングな体験をしたくて、僕は最近、SFを集中して読んでいるような気がします。

冬木 僕もそうなんです。僕の場合は「世界の様相がガラリと変わる」と表現しています。想像の力で読者の世界観を広げてくれるというか、更新してくれる、あるいは、まったく別のものに変えてくれることがSFの凄さなのだと思います。ただし、その想像力というのは、最新の科学理論に軸足を置いていることが僕にとっては重要です。現代の科学では“実証できない領域”を想像の力で拡張していく試み――、それがSFの醍醐味ではないでしょうか。

後ほど言及しますが、僕は、現実の延長線上だと錯覚できるような設定で、人類の未来を描き出すSFが好きなんです。現代のロボット研究者の中には、アトムやドラえもんの開発を夢見た(る)人たちが少なからずいるように、SFを単なるフィクションで終わらせず、現実の科学技術に影響を及ぼし、発展を促してきた存在だという考え方を持つ人もいます。

SFの定義を拡張する

冬木 先ほどから話題になっている『眼の誕生』。これは科学ノンフィクションですが、実は僕、この本をSFとしても捉えています。

Dain え、ホントに?

冬木 はい。こういうことを言うと「すぐにSFファンはなんでもSFに含めようとしやがる!」と言われることもあるんですが、ここまでいくと、まあ、ジョークに近いものの考え方の1つということで許して欲しい(笑)

僕のSFの定義はかなり柔軟で、たとえば、冲方丁の『天地明察*4』も歴史娯楽小説と言うより、むしろ、SFとして捉えられる側面がある。『天地明察』にはDainさんが指摘されているような「世界の見方がガラリと変わる瞬間」が描かれています。天体の動きを観測し、新しい暦の開発を目指す男の物語。暦というのは世界の捉え方や見方に直結する概念ですよね。『眼の誕生』もそうですが、『天地明察』を読んでいると、やはり、僕たちが当然だと思い込んでいた価値観とか世界観、歴史観が一変する、させられる場面があるんですよ。

ニック・レーンの『生命、エネルギー、進化』も同じ。なんていうのかな、たとえば「海」を知らなかった人が初めて海を見た時は、その人の地球観というか世界観が塗り替えられてしまうのではないでしょうか。

『天地明察』や『生命、エネルギー、進化』を読んで感じた種類の驚きが、『眼の誕生』にもあった。だから僕は『眼の誕生』を読んで、「これはSFだ!」と思ったんです。そういうこともあって、SF好きな人には、科学ノンフィクションもオススメしています。その線で面白いのが『宇宙倫理学入門:人工知能はスペース・コロニーの夢を見るか?*5』。この本では「人類が将来、宇宙で暮らすようになったら、どのような倫理学的な問題が発生するか」というテーマが追求されています。著者の稲葉振一郎さん(明治学院大学教授・社会学)は無論、小説を書いているつもりはないと思いますが、少なくとも僕はこの本を「思考実験SF」とほとんど区別せずに読んでいました。登場人物が存在しないSF小説というか。

Dain なるほど。僕も冬木さんと同様、「何をSFとするか」の「何」のカバー範囲はかなり広いかもしれません。SFというと、問答無用でフィクションを指すのが普通だと思いますが、僕も「フィクション」「ノンフィクション」という線引きで、SFかSFでないかを判断していないフシがあります。一般的にノンフィクション作品の記述にはいずれも検証可能なエビデンスが示されています。ただ、それらの内容をよくよく吟味すると、実際にはエビデンスこそきちんと用意されていますが、論理展開がかなり強引で、著者の思い込みに引きずられている作品もないわけではありません。そういう作品に接すると、もちろん、いい意味で「これはSFだなあ」と思いながら読むことが多いです。

冬木 具体的な書名は挙げませんが、最近売れているノンフィクション作品の中にも確かにそういう作品はありますね。ノンフィクション的な要素、つまり、徹頭徹尾、事実を材料にした抜群に面白いストーリー。あまりにも面白いので、もう、小説と言ってしまった方がいいのでは? というような。もちろん、ノンフィクションとは言っても人の視点から描かれている以上、少なからずフィクションの要素が混入しているものですが。

「スゴ本」の中の人がオススメ! 世界の見方が変わる3冊

Dain SF好きの冬木さんにオススメしたい本が3冊あります。「世界の見方が変わる」という意味で、僕にとってはとても大切な3冊です。厳密な意味でのSFではありませんが、先ほどからの議論にあるように、「広義のSF」と考えていいのではないでしょうか。

1冊目は『香水――ある人殺しの物語*6』です。普段の生活で僕たちは「臭い」(あるいは「匂い」)をそれほど強くは意識していないと思いますが、この本の主人公は怪物的とも言えるほどの嗅覚を持っていて、それこそ、「目」ではなく、「鼻」で世界を認識するような人物です。そんな異常なほどの嗅覚を持った主人公がある時から香水を創り始める。いったいどんな香りがする香水なのか。材料は何なのか。物語は読者の意表を突く方向にどんどん展開し、僕が好きな感じのエグい領域に踏み込んでいくのですが……、ともあれ、臭い/匂い/香りで世界を把握するということがどういうことなのかを教えてくれる不思議な小説です。

冬木 ありがとうございます。すごく興味があります。

Dain もう1冊は『モレルの発明*7』です。主人公が無人島に辿り着く。しかし、どうやら、その島には自分のほかにも人間たちがいるようだ。そんな冒頭から物語は始まります。1940年、アルゼンチンで刊行された作品で、ホルヘ・ルイス・ボルヘスが序文を書いています。SFだと思って読む人は当時も今もいないと思いますが、アッと驚くSF的な設定で予想外の物語が紡がれていきます。世界の見方が変わるという意味でオススメの作品です。

最後は『虚数*8』(国書刊行会)。スタニスワフ・レムなら、『ソラリスをオールタイムベストに掲げる人がいますが、これよりも僕は「虚数」の方が好きです*95冊の「実在しない書物」の序文、人智を越えたコンピュータ「GOLEM 14」による人類への講義……。着想が桁外れです。

冬木 僕も『ソラリス』よりは『虚数』が好きですね。レムは短篇が素晴らしいと思います。描写や設定など、小説を構成するあらゆる要素の密度が濃くて、それがほかの作家たちの追随を許さないレベルで達成されているという印象があります。普通の作家なら長編のテーマになり得るものが短篇小説として凝縮されている。未来予測的な意味でも凄いですよね。文字通りの意味で、世界の見方が変わる作品を執筆する作家だと思います。

「基本読書」冬木糸一を魅了したSF小説たち

Dain 冬木さんのオススメでこれから僕が読みたいと思っているのは、『順列都市*10』『あなたの人生の物語*11』『グラン・ヴァカンス*12』です。あと『天冥の標*13』(てんめいのしるべ)も。すべてちゃんとしたSF小説ですし、すでに評価の定まっている傑作ばかりですが、僕はまだ読む機会に恵まれていませんでした。

冬木 (『順列都市』の)グレッグ・イーガンは最近の作品も素晴らしいです。これまでイーガンは現実の物理法則をベースにSFを書いてきたんですが、『クロックワーク・ロケット*14』から始まる《直交》三部作という作品群では、別の宇宙の物理法則を作ってしまった。しかもそれを大量の図や数式やグラフを作中に入れながら展開してくるから、ほとんどの読者がついていけなくなってしまいました(笑)。究極のSF小説です。解説も本職の物理学者の方がやっています。

Dain どんな世界なんですか。僕たちがいる宇宙とは異なる物理法則?

冬木 時間と空間の区別がなくなった世界なんですけど、たとえば、通常は空間を真北に進むと時間も前進しますが、《直交》宇宙ではこの性質をなくし、空間を移動しても時間が前進しない、あるいは、移動することで(時間が)後退することもありえるようになっています。

Dain ごめん、もう、どういうことなのかよく分からなくなりました(笑)

冬木 全然分からないですよね。でも、この作品はSF小説としての現時点での究極の形の1つだな、と僕は思っています。読んでいて完全に理解できたなんてだいそれたことは言えないわけですが、とにかく、”ここにしかない世界を読んでいる”という興奮があります。

最初の方で少し触れましたが、グレッグ・イーガンの諸作品をはじめ、僕は「人類やこの宇宙それ自体が根本的に“どうにかなってしまう”」テーマのSFに惹かれます。(人類が)無茶苦茶なことになってしまったり、新たな道を歩み始めたりといった、「人類全体」の行末を書こうとすると、どうしてもSFにならざるを得ない。人類が“大変なこと”になってしまった後、そこからどうやって復興していくのか、あるいは、そのまま滅んでしまうのか。先ほどDainさんにご紹介いただいた「天冥の標」でも、無数の生命体が存在するこの果てしなく広い宇宙で、人類はどのような”戦略”を持って、生命としての道を示すのか、が語られます。

ところで、僕がはてなブログ「基本読書」を始めたきっかけは、神林長平の『膚の下*15』(はだえのした)に出合ったからです。神林長平は「『膚の下』はアトムなどに代表される、“意識をもった機械”たちが未来に生まれてきた時に、聖書とするようなものにしようと思って書いた*16」と述べているのですが、その言葉どおり、『膚の下』というのは凄まじい志(こころざし)、目標到達点を持った、“ぶっ飛んだ”小説です。

Dain 僕は読んでいないんですけど、それは、旧約聖書におけるアダムとイヴの物語のような? あるいは、世界の創生神話のような?

冬木 僕の印象ではそれらに近いですね。冒頭に「われらはおまえたちを創った おまえたちはなにを創るのか」というエピグラフがあるのですが、最後まで本を読んだら頭がおかしくなってしまって「じゃあ、僕はブログを作るぞ」と思いました(笑)

読むたびに変化する自分

冬木 「なぜ本を読むのか」と聞かれると、僕は「自分をどんどん違う存在に変化させていきたいから」と答えます。昨日までの自分ではなく、明日は別の人間に変わっていたい。僕にはそんな欲求があります。しかし、変化するには、何か新しいことを経験する必要がある。実際の経験があればいいのでしょうが、僕の場合は、本を読むことが最もストレスが少ない。読書によって、自分の世界観が日々塗り替えられていくのを実感しているわけで、それゆえに、飽きずに読書を続けていけるのだと思います。特にSFやある種のサイエンス・ノンフィクションで描かれる物語や理論は、常識をひっくり返す大きな力を持っています。

Dain 僕も同じです。フランツ・カフカの言葉を借りれば、こうです。「書物は我々の内なる凍った海のための斧なのだ」(1904年1月27日付けオスカー・ポラック宛書簡、“Ein Buch muss die Axt sein für das gefrorene Meer in uns.)。僕はこの言葉に深く共感しています。

さらにマルセル・プルーストも「真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目で見ることなのだ」(“Le véritable voyage de découverte ne consiste pas à chercher de nouveaux paysages, mais à avoir de nouveaux yeux. ”)と言っています。『眼の誕生』におけるカンブリア紀の三葉虫のように、これまで見えなかった世界が見えることが楽しいんです。本を読んで世界観が変わるという魅力に取り憑かれている理由は、この「新しい目」が欲しいからなんですね。登山をしたり、映画を見たりしても同じように「世界観が変わる」という体験につながるかもしれませんが、どういうわけか、僕を一番揺さぶってくれるのは読書です。最近は冬木さんの影響もあって、SFに傾注していますが、SFを突き詰めると、あるいは、こじらせると、という表現の方が僕にはぴったりくるのですが……、哲学に対する関心が増していくのを実感しています。「SFをこじらせると哲学になる」。世界の見方が変わるという意味では、哲学とSFは似て非なるもの、なのかもしれません。


構成:岩崎史絵
編集:谷古宇浩司 / 株式会社はてな
イメージ:Tithi Luadthong / Shutterstock.com

*1:『眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く』(アンドリュー・パーカー、翻訳=渡辺政隆、今西康子、草思社)。「基本読書」では「眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く」というタイトルで書評が公開されている。

*2:『タコの心身問題――足類から考える意識の起源』(ピーター・ゴドフリー=スミス、翻訳=夏目大、みすず書房)。冬木糸一氏は「HONZ」で「異なる道筋で進化した『心』を分析する――『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源』」という書評を執筆している。

*3:『生命、エネルギー、進化』(ニック・レーン、翻訳=斉藤隆央、みすず書房)

*4:『天地明察』(冲方丁、角川書店)

*5:『宇宙倫理学入門:人工知能はスペース・コロニーの夢を見るか?』(稲葉振一郎、ナカニシヤ出版)

*6:『香水――ある人殺しの物語』(パトリック・ジュースキント、翻訳=池内紀、文藝春秋)

*7:『モレルの発明』(アドルフォ・ビオイ=カサーレス、翻訳=清水徹、牛島信明、水声社)

*8:『虚数』(スタニスワフ・レム、翻訳=長谷見一雄、西成彦、沼野充義、国書刊行会)

*9:『虚数』はスゴ本(わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

*10:『順列都市』(グレッグ・イーガン、翻訳=山岸真、早川書房)

*11:『あなたの人生の物語』(テッド・チャン、翻訳=浅倉久志、早川書房)

*12:『グラン・ヴァカンス』(飛浩隆、早川書房)

*13:『天冥の標』(小川一水、早川書房)

*14:『クロックワーク・ロケット』(グレッグ・イーガン、翻訳=山岸真、中村融、早川書房)

*15:『膚の下』(神林長平、早川書房)

*16:『膚の下』は人生の包括的作品──神林長平+新世代作家トークショーに行ってきた - (基本読書)