本屋で本を手に取ると、ぱらぱらと頁をめくります。書店員のひとに叱られないくらいの時間で。ぱらぱら。どんな本か知りたくて、この作業をします。今回取り上げる本は好きな作家さんの新刊なので、本屋に入る前から買うことを決めていました。でも、一応ぱらぱら。目次の「女性のおっぱいに目のない友へ」や「伊吹夏子さんへ 失敗書簡集」という言葉からあれこれ想像しながらレジへ。森見登美彦『恋文の技術』。
『太陽の塔』でデビューし、『夜は短し歩けよ乙女』で人気作家となった森見登美彦さん。待望の新刊が出ました。
京都を離れ、能登の実験所でクラゲの研究をしている主人公・守田一郎。座右の銘は「机上の妄想」。彼が京都にいる先輩や後輩、妹、家庭教師をしていた教え子の小学生、そして森見登美彦(!)と手紙をやりとりすることで物語は進んでいきます。
そう、守田は森見さんにも手紙を書くんです。ちょうどその頃の森見さんは『夜は短し歩けよ乙女』を執筆中。本人いわく「象の尻」や「パンツ総番長」「達磨」「林檎」というあの本でキーとなる単語は実は守田が森見さん宛ての手紙に書いたことに由来するとのこと。「ぜんぶ俺が手紙に書いたことだ」と守田は森見さんを批難します。原稿料まで取ろうとします。愛嬌のある男です。
手紙だけで物語は進みます
森見さんの小説は冒頭で主人公が読者に語りかけることが多くあります。例えば、『太陽の塔』では
この手記を始めるにあたって、私はどこで生まれたとか、どんな愛すべき幼稚園児だったとか、高校時代の初恋はいかにして始まりいかにして終わったとか、いわゆるデビッド・カッパーフィールド式のくだんないことから始めねばならないのかもしれないが、あまり長くなると読者も退屈されると思うので手短にすませよう。
と、物語が始まります。また、『四畳半神話体系』では
今やこんなことになっている私だが、誕生以来こんな有様だったわけではないということをまず申し上げたい。
生後間もない頃の私はむしろ純粋無垢の権化であり、光源氏の赤子時代もかくやと思われる愛らしさ、邪念のかけらもないその笑顔は郷里の山野を愛の光で満たしたと言われる。それが今はどうであろう。
という書き出しで始まります。一方、今回の『恋文の技術』は少々異なるんです。
四月九日
拝啓。
お手紙ありがとう。研究室の皆さん、お元気のようでなにより。
君は相も変わらず不毛な大学生活を満喫しているとの由、まことに嬉しく思います。その調子で、何の実りもない学生生活を満喫したまえ。
と、手紙文で始まる。読者にではなく、手紙の受け取り手に語りかけるのです。いつもと違う始まり方にわくわくします。
物語は手紙だけで進みます。しかも、その手紙は守田一郎が書く手紙のみ。相手から守田一郎宛の手紙を読むことはできません。最初は少しもどかしく感じますが、読み進むにつれて登場人物たちがはっきりと目の前に出現するので不思議です。
ご結婚おめでとうございます
森見登美彦さんは京都大学農学部の出身。在学中はライフル射撃部に所属。部活の連絡ノートに読むひとがクスッと笑ってしまうような文章を書いていたことが、あの古風でいてどこか新しくクセのある文体につながったそうです。
妄想の街 古都の路地裏に何かの気配 : 出版トピック : 本よみうり堂 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
そんな森見さんのブログは非常に人気です。今年の1月。このブログ上で、重大な発表がありました。それは結婚のご報告。
2009-01-06 - この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ
感動しました。結婚相手の方をうらやましく思う気持ちもなくはないですが、それより「森見さん、よかった……」という思いが勝ります。『太陽の塔』の主人公と森見さんを重ねすぎでしょうか。ブックマークコメントでも「結婚おめでとうございます」「裏切りもの!」などと、お祝いの言葉が書き込まれています。ファンとしては結婚が森見さんの小説にどう影響するか楽しみなところです。森見さんはいったいどんな恋文を送られたのでしょうか。