これまで処罰が困難だったコンピューターウイルスを使った犯罪を取り締まるための改正刑法が、6月17日(金)の参議院本会議で可決、成立しました。はてなブックマークでは以前から同改正案の内容に注目が集まっています。この改正案の成立の経緯と、議論の的になった問題点を紹介します。
▽ コンピューターウイルス作成罪を新設 改正刑法が成立 :日本経済新聞
▽ 法務省:情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案
改正刑法の正式名称は「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律」です。改正案は5月31日の衆議院で可決されており、6月17日の参議院での可決により成立しました。
この改正では、ウイルス(不正指令電磁的記録)の作成者に対して3年以下の懲役または50万円以下の罰金を課します。ウイルスの定義に触れている該当の条文を引用します。
第百六十八条の二 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
同様の内容を盛り込んだ「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」が2004年にも提出されていましたが、成立には至っていませんでした。
5月27日の衆議院法務委員会で、改正案に関する質疑が行われました。その中の大口善徳議員の質問と江田五月法務大臣の答弁に対し、疑問の声が上がっています。やりとりは以下の通りです。
▽ 第177回国会 法務委員会 第14号(平成23年5月27日(金曜日))
大口委員 それから、プログラム業界では、バグはつきものだ、バグのないプログラムはないと言われています。そして、例えば、無料のプログラム、フリーソフトウエアを公開したところ、重大なバグがあるとユーザーからそういう声があった、それを無視してそのプログラムを公開し続けた場合は、それを知った時点で少なくとも未必の故意があって、提供罪が成立するという可能性があるのか、お伺いしたいと思います。
江田国務大臣 あると思います。
▽ 高木浩光@自宅の日記 - ウイルス罪について法務省へ心からのお願いです
▽ 「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」に対する要望
セキュリティ研究者の高木浩光さんは、「たとえ重大な結果をもたらすものであっても、バグが原因であるものについては、それが犯罪とされるようなことがあってはならない」とし、「法務省には、この法案の趣旨が何を処罰しようというものなのか、明らかにしてもらいたい」と提案しています。
社団法人情報処理学会では、ソフトウェアなどの開発やソフトウェア関連サービスの提供を行う人を萎縮させないよう、立法趣旨に基づいた法律の運用を要望しています。また、プログラムにバグやセキュリティーホールがあっても、それが使用者に対する不利益を目的としたものでなければ処罰対象にならないといった解釈を求めています。
はてなブックマークのコメント欄には、「フリーウェア作者が萎縮するような方向に進まないことを祈る… 」「その法律にはバグがある。放置せずに修正して頂きたい」といった意見が寄せられています。
▽ 第177回国会 法務委員会 第15号(平成23年5月31日(火曜日))
こういった疑問点について、5月31日の衆議院法務委員会での審議で、政府参考人の今井猛嘉氏が以下のように回答しています。
(プログラマーのソフト制作活動を萎縮させるのではないかという質問に対し)プログラマーの方が業務においてシステム防衛のためのソフトをつくっている場合には、当然ながら、「正当な理由がないのに、」という目的が欠けますので、本罪には当たらないことになります。(中略)ウイルスとしても機能し得るようなソフトを作成しただけで本罪が成立するということにつきましても、後の要件であります「人の電子計算機における実行の用に供する目的」、これがあってそういったプログラムをつくるときには、後にプログラムを悪用される危険性が高まるということが言えますけれども、そうでない場合には同様の危険を認定できないということになりますので、御懸念の点はないように理解しております。
(バグが不正指令電磁的記録に該当するのかという質問に対し)バグというものが、フリーソフトに限らず、ソフトに不可避的に起因しています望まない動きだというふうに考えますと、そのようなものがここで挙がっている百六十八条の二第一項の一号に当たることは否定できませんが、しかしながら、その不正な動作がどの程度のものであるかということが問題でありまして、重大なバグと先生はおっしゃったかと思いますが、そういったときには、可罰的違法性を超える程度の違法性があるということですので、これに当たることは十分考えられると思います。
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