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友人同士の動画共有サービスがインターネット文化を変えるまで―2006年当時のYouTube


「アングラ」だった、あの頃

現在のYouTubeが公式に始まったのは、2005年12月。それからすぐにアメリカでは、NBCのサタデーナイトライブの動画がアップロードされていることが、ブログを介して多くの若者の間で話題を呼びはじめた。ここ日本においても、やはり2006年の春頃に、2ちゃんねるなどでYouTubeの動画紹介スレッドが乱立したあたりから、ネットユーザーにこのサービスが知られ始めた。この当時、よく掲示板などで貼り付けられていた動画で印象深いのは、このあたりだろうか。

YouTube - Ultimate Utopia XXIII - The Original RPG Parody

YouTube - American Idol- Eye of the tiger

YouTube - break dance

あの頃の雰囲気を筆者なりに思い出してみると、ロックミュージシャンのお宝映像や素人が作った面白動画の数々にユーザーが興奮を覚えている一方で、こんな違法動画だらけの無茶苦茶なサービスが長続きするはずがないという不安もあり、それが熱狂的な盛り上がりを生み出していたという感じがする。とりあえず当時の筆者にとっては、あくまでもYouTubeは「アングラ」(アンダーグラウンド/地下活動的)なサービスであり、表に出て行った瞬間にP2PソフトのNapsterのようにその存在を消されても仕方ないものであった。当時のITmediaの記事では、「いつか訴えられてなくなってしまうかもしれないから、今のうちに見られる動画は見ておけ」という言葉が書かれているが、これは当時の多くのネットユーザーの気分を正確に表現しているのだろう。

ITmedia News:YouTubeはいつまで生き残るのか

だが、実際にはYouTubeは消えることなく存続し続け、様々な動画がブログなどで発掘されては人気を博していた(これには、ブログ内に動画を埋め込む機能がかなり早い段階でリリースされていたことも大きい)。ちなみに、今ではしばしば忘れられがちだが、初期のYouTubeの人気には、ブロードバンド環境が発達していた日本からのアクセスが、かなりの程度まで貢献している。実際、4月には YouTubeへの訪問者数の1/3が日本からのものになっている。当時、サーバーダウン時のメッセージが、大量のアクセス数で回線に負担をかけてくる日本人への皮肉になっているという噂が流れていたのを覚えている人もいるのではないか。

人々の生活に浸透し始めたYouTube


(3) 先日東京で、20代半ばの雑誌編集者と話をしていたら「帰宅するとYouTubeに向かって検索する癖がついてしまい、その日見過ごした映像でも、大抵のものは何とか見られるので(見られなければ見なければいいだけ)、HDDレコーダーは買わないことにした」「YouTubeのおかげで睡眠時間が減って困る」という話を聞いた。

(4) つい最近、大手電機メーカーの企画担当の友人(僕と同世代)と飲んでいたら、「YouTubeを知らない」と言うから、「そりゃあ何が何でもまずいんじゃないの」と言った。翌日、彼からメールが来た。「帰宅して、妻は既にYouTube中毒になっていて、小学生の息子までが頻繁にYouTubeで映像を見ていることを知り、愕然とした」とのこと。

YouTubeについて(1) - My Life Between Silicon Valley and Japan

2006年の半分が過ぎようという頃には、YouTubeが世界中のネットユーザーのライフスタイルに入り込み始めていることに、既に多くの人々が気づき始めていた。この頃には、このサービスを潰すのはマズいという、何か「ネットの総意」のようなものが生まれてきていたように思う。YouTubeは確実に新しい文化を作り始めていたのである。

YouTube - Evolution of Dance

YouTube - Where the Hell is Matt?

(参考:世界中でダンスする"Where the Hell is Matt?"のまとめ

YouTube - Andy McKee - Guitar - Drifting - www.candyrat.com

とは言え、実際に多くの人が見ていたのは、違法アップロードのコンテンツであった。過去の名作ドキュメンタリーや、何らかの事情で見られなかったテレビ番組。こうした動画の視聴が、YouTubeでは可能になる。

特に日本のインターネットではアニメに対する需要が大きかった。例えば、この時期に放映された谷川流・原作のアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の大成功は、YouTubeにおける違法アップロード動画の存在と切り離すことが出来ないだろう。この時期のYouTubeの際どい立ち位置を、経営コンサルタント・梅田望夫氏は、このように表現している。


質的な「玉石混交」に加え、著作権上の「白黒混交」をも飲み込んだ渾沌とした空間が、ユーチューブ上に作り出されている。そしてそこがユーザにとっての最大の魅力だ。

web kikaku

Googleによる買収

しかし、この頃から、著作権の問題はもはや無視できないものになり始め、徐々に違法動画が消される速度は早まっていったのである。一方で、通信費の問題から来る赤字もついに表面化し始め、「限界説」も囁かれ始めた。

そんな頃に、唐突に我々の耳に飛び込んできたのが、10月9日のGoogleによるYouTube買収の発表だった。買収額は約2000億円。シリコンバレーにある双方のオフィスの間にあったファミレスでまとめられたというこの買収交渉で、2006年のインターネット界を引っかき回した風雲児YouTubeの破天荒な活躍は、いったん終わりを迎えることになる。Webの世界はドッグイヤーとは言え、わずか1年足らずで一つのサービスがこれほどの急成長を遂げ、あっという間の買収劇に至ったのは、インターネットの歴史に残る伝説的なエピソードと言えるだろう。
買収が発表された際に、創業者のHurleyとChenは、ユーザーに向けて一本の動画を発表した。この動画の中で、二人は自らの言葉で買収の意義を語り、今後はコミュニティ向け機能の強化にあたることをユーザーに伝えている。

YouTube - A Message From Chad and Steve

まるで仲の良い大学生による「ホームパーティで撮ったビデオ」であるかのようなこの映像は、YouTubeを開くといつも左上に掲げられている言葉――“Broadcast Yourself”を、最後に創業者自らが体現してみせた「作品」であったとも言えるだろう。

YouTubeのこれから

最近、こんなニュースが話題になった。


YouTubeの赤字がドンドン膨れ上がっていくようだ。Credit Suisseは、同サイトの2009年の赤字が4億7000万ドルに達すると予測している(Multichannel.comの記事より)。

メディア・パブ: YouTube、膨れ上がる赤字

Googleの買収以降、JASRACとの楽曲使用の包括契約に代表されるような、著作権管理団体との積極的な交渉や、動画アップロード者への利益の還元など、YouTubeはビジネスの健全化への取り組みに乗り出していた。だが、上の記事では、総経費の51%を通信費が占めることに加えて、ライセンス料も36%を超えると予測している。
YouTubeの登場以降に、次々に現れた動画共有サービスのどれもが、まだビジネスモデルを確立しているとは言い難い。実のところを言えば、先日ヤフーに買収されたGyaoが依然として赤字であるように、動画配信サービスもそれは確立できていない。つまり、動画サービスは、今のところ事業者にとっては、金食い虫以外の何ものでもないのだ。
だが、YouTubeの爆発から始まった動画共有サービスの隆盛は、インターネットの風景を大きく変えてしまった。私たちは、動画には言葉を超えて人々を繋ぐ力があることを知った。YouTubeのコメント欄では、他のサービスでは考えられないほど、多くの国の人々が互いにコミュニケーションを取りあっている。また、テキストベースのこれまでのWebでは十分に個性を発揮できなかった才能が、かくも多く存在していたことも私たちは知った。
すでにネット文化を語る際に、動画の話を切り離して語ることは出来ない。これらのサービスは、今やネット文化の隆盛を支えるインフラの一つなのだ。多くの人が容易に動画を発表できるようになったことは、間違いなくインターネットが創り出す文化の可能性を広げたのだ。

文: 稲葉ほたて

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