2010年夏に公開されたスタジオジブリの新作映画『借りぐらしのアリエッティ』。この映画でアリエッティが住んでいる床下の家を再現して、身の丈10cmの小人たちの世界を体験できてしまう展覧会が、東京都現代美術館で催されている。
■ 不思議でいっぱいの、身の丈10cmの世界
その展覧会とは、7月17日から東京江東区の東京都現代美術館で開催されている「借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展」である。企画展示室3階を丸ごと使った巨大な空間に、『借りぐらしのアリエッティ』で小人たちの住んでいる家が再現されているのだ。
▽ 借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展
▽ 映画『借りぐらしのアリエッティ』公式サイト
既に『借りぐらしのアリエッティ』を見た人ならば、小人たちの住む身の丈10cmの世界が、私たちの生きる巨大な世界とは全く異なっていることを知っているだろう。例えば、劇中で紅茶がティーポットからカップにドロンと落ちてくる印象的なシーンがある。小さなスケールの世界では、相対的に強くなった表面張力のせいで、水はサラサラと優雅に流れてはくれないのだ。
もちろん、こうした自然界の動きまでを、私たちの世界のスケールでそのまま再現することは出来ない。だが、こうした『借りぐらしのアリエッティ』のディテールへのこだわりは、その世界を再現したこの展覧会にもしっかりと受け継がれている。
<まるで「アリエッティ」の世界に入ったみたい>
作中にも出て来る通気口を模したセットを抜けると、アリエッティの住む家を再現した空間が私たちの前に現れてくる。
通気口を内側から映してみた。さらに奥へと進んでいくと、アリエッティの住む家の扉が見えてくる。
順路はないので、展示室内に張り巡らされた通路の中を、気の向くままに歩いていけばよい。アリエッティの部屋、家族がくつろぐ居間、その他作中に出てきた様々な場所が、私たちの身の丈に合わせたサイズで再現されているのを見ることができるはずだ。
![]() 床下から上に登るための台車を下から見上げた光景。 |
![]() 植物が飾られたアリエッティの部屋がのぞき込める。 |
![]() 手紙を下に挟んだ角砂糖が再現されている。 |
![]() お父さんの傷を冷やすために水を汲んでいた場所も。 |

![]() 覗き穴の向こうには巨大な靴が見える。 |
![]() iPhoneを狙う(?)巨大なバッタも。 |
![]() 居間に置かれた鉢植えを使ったガスコンロ。 |
![]() 扉の前に置かれた巨大なクリップ。 |
■ 数々の名作を手がけてきた、映画美術監督・種田陽平
<ファンタスティックな実写映画を多く手がけてきた美術監督・種田陽平>
今回、これらの巨大なセットで展示美術監督を務めたのは、映画美術監督・種田陽平氏。一般にはあまり知られていない名前かもしれないが、彼が美術を手がけてきた作品の名前を聞けば、すぐにその90年代以降の邦画界における重要性が分かる人も多いはずだ。
種田氏が手がけたポスター。写真奥から二つめには、氏がプロダクションデザイナーを務めた、押井守監督『イノセンス』のポスターも見える。
例えば、『不夜城』、『スワロウテイル』、『キル・ビル Vol.1』――しばしば「無国籍風」と評される、日本を舞台にしたこれらの映画作品は、全て種田氏が美術監督として携わったものである。セットを主体にファンタスティックな世界観をスクリーンの中に作り上げる種田氏の手法は、ロケーション撮影を基本とした自然なタッチの映像を好む近年の邦画の潮流の中で、異彩を放っている。
最近では三谷幸喜監督の『THE 有頂天ホテル』などの作品や、第33回アカデミー賞最優秀美術賞を獲得した根岸吉太郎監督『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』 なども手がけており、その実写映画の世界における美術監督としての評価はますます高まっている。
今回、スタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫氏から「アリエッティの世界を現実に再現してほしい」と依頼を受けた際、種田氏は「アニメーション映画の美術と実写映画の美術の融合だ」と理解したという。ファンタスティックな世界観を、ディテールにこだわったセットによって実写で表現してきた種田氏のバランス感覚が、今回の展覧会では遺憾なく発揮されている。
<種田陽平のキャリアを辿ることも>
今回は、種田氏にとって初めての美術展でもあり、美術館1階の展示室では、種田氏のこれまでの実写映画におけるキャリアを知ることができる。
![]() 『スワロウテイル』に出てきた架空都市「イェンタウン」。 |
![]() 梶芽衣子「修羅の花」が流れる名シーンのスケッチも。 |
そこでは『キル・ビル Vol.1』で栗山千明演じるGOGO夕張らを相手に、ユマ・サーマン演じるザ・ブライドが大立ち回りを演じた「青葉屋」や、『スワロウテイル』の架空都市「イェンタウン」のセット写真などの資料が、多数展示されている。通常、映画のセットは撮影が終わればすぐに解体されてしまい、ほとんどわれわれの眼に触れることがないだけに、これは滅多にない貴重な機会であると言えるだろう。実写の邦画ファンなどにも、とても嬉しい内容の展覧会になっているのではないだろうか。