ARG(Alternate Reality Game、代替現実ゲーム)は、ひと言でいえば「リアルな社会を舞台に展開されるゲーム」である。アメリカで2001年ごろに生まれ、この10年で着実に流行し始めた。すでに1000万人を超える人間が参加したARGもあるという。日本でも、参加型ゲームや広告手法として注目が集まり始めた。書籍「デジタルゲームの教科書」でARGの項目を執筆した八重尾昌輝氏に、海外でのARG事例や、日本での状況、将来などの話を聞いた。
話を聞いた八重尾昌輝氏はフリーのARG作家。国際ゲーム開発者協会(IDGA)のARG部会世話人でもある。八重尾氏が発信するARGの情報は、同氏が管理するIDGAのサイト「ARG情報局」が詳しい。
▽ ARG情報局
――最初に、ARGを理解するのにわかりやすい事例を一つ教えていただけますか?
八重尾 はい、「Why so Serious?」がよいでしょう。おそらく最も有名なARGの事例で、2009年にカンヌ国際広告祭のサイバー部門グランプリを受賞しました。
「Why so Serious?」というARGは、バットマン・シリーズの映画『ダークナイト』と、その前作の『バットマン ビギンズ』との間をつなぐストーリーとして制作されたARGです(参考:CBCNET > Dots & Lines > 野澤 智 > 2.The Dark Knightをめぐる考察)。
このARGは、バットマンシリーズに出て来る架空の街「ゴッサム・シティ」の地方検事に、前作『バットマン ビギンズ』で登場したハーヴェイ・デントという人物を選出しようと呼びかけるところから始まります。ARGの参加者は、彼を当選させるために、Tシャツを作ってみたり、本物の選挙のようにリアルの場所で集会を開いてみたり、架空の人物の選挙活動をします。
▽ このキャンペーンのために作られた、ハーヴェイ・デントを地方検事にするための選挙応援サイト
一方で、ジョーカーというバットマンに敵対しているキャラクターは、ハーヴェイ・デントに当選してほしくないので、妨害工作を仕掛けてきます。実際にはARG制作側の仕掛けです。ARG参加者は、この仕掛けに対抗しつつ、ハーヴェイを地方検事にするために行動していきます。参加者は1000万人を超え、その選挙活動の様子を伝えた「ゴッサムタイムス」は700万回の閲覧があったそうです。
――1000万人ですか。『ダークナイト』は、全世界で大ヒットした映画で、日本でも非常によく知られた作品です。しかし、公開前にそんなことをしていたことは、あまり知られていないように思います。
八重尾 このプロモーションでは「360 EXPERIENCE」と呼ばれる手法で、インターネットや電話などの身近なメディアがゲームに使われました。YouTubeやFlickrには何千という動画や画像が、フォーラムには15万以上のコメントの投稿があったそうです。
このARGの面白さは、コンテンツと一体化していることにあります。映画『ダークナイト』が始まると、参加者たちが当選させたハーヴェイ・デントが登場してきて、市民のために活躍しはじめるのです。
――アメリカの参加者には、日本で映画を見ているだけではわからない臨場感があったのですね。映画の中盤ではハーヴェイがトゥーフェイス(悪役)になってしまう(笑)、と。
八重尾 そうです。それはARGに参加して、ハーヴェイを応援してきた参加者にとっては、すさまじい衝撃なわけです。単に映画を観るだけでは得られない強烈な体験が、ARGとコンテンツが一体になることで生み出されるという一つの事例ですね。
ここがARGの面白さのポイントです。現実世界でありながら架空世界の登場人物、もっと言えば主人公そのものになってしまった感覚を得られます。コンピュータ・ゲームにもそうした効果はありますが、あくまでも画面の中の話で電源を切ってしまえばそれで終わりです。しかし、ARGだと24時間ずっと入り込み、日常と同化してしまう体験が得られます。
この特性は、ARGをプロモーションとして考えるとき、極めて重要なポイントになります。例えば、何かの商品をプロモーションしようとしたとき、24時間その商品のことを考えていてくれるような優良顧客なんてそうは得られません。
このARGではゴッサム・シティという架空の街の地方検事を選ぶために、ニューヨークやワシントンなど現実の様々な街で選挙運動や集会が行われています。それを見ると、全くこの映画を知らない人でも何をやってるのだろうと思います。それもプロモーションとして効果を上げていきます。
■ ARGが生まれたのは2001年の映画『A.I.』から
――そもそもARGは、近年になってアメリカで生まれたゲームであると聞きました。
八重尾 以前からアメリカではリアルな場所を使って、宝物を探したり、追いかけっこをしたりするようなゲームが遊ばれてきていました。そうした土壌を前提に、より顧客深度を高める新しいプロモーション手法を探そうという問題意識から、ARGが生まれたようです。
最初のARGは、2001年にスピルバーグ監督の映画『A.I.』のプロモーションとして行われた「The Beast」といわれています。これがいきなり大成功を収めました(参考:http://ameblo.jp/knknknkn0114/entry-10744208016.html)。そのあとに『Halo2』というコンピュータゲームの大規模プロモーションARG「I Love Bees」が行われて、これも成功します(参考:http://www.web-nicholson.com/about-arg/arg-takes.php)。これらの結果、米国ではプロモーション手法としてのARGが定着したのでしょう。
――「The Beast」では、いきなり1億ドル以上の制作費がかけられており、参加者は300万人を超えたといわれています。米国では最初から大規模プロモーションとしてARGが行われていたということでしょうか?
八重尾 そうです。そこで高い知名度を得たのが「42 Entertainment」という会社で、ここまでに名前を挙げた3つのARGはどれもこの会社が製作したものです。
――プロモーション以外のビジネスモデルでARGを活用した事例はありますか?
はい、2つ事例を紹介します。一つ目は、2005年に登場したのが「Perplex City」(参考:http://wiredvision.jp/archives/200507/2005071506.html)という、カードゲームを使ったARGです。カードの中に謎が書かれていて、その謎から、別の惑星から盗まれたキューブが地球に隠されているという事件に参加できます。このような仕掛けによって、トレーディングカードゲームにARGの面白さが付加されると同時に、ARGそのもので利益が出るようなビジネスモデルになりました。こうしたARGを、僕は「商品型ARG」と呼んでいます。
もう一つの事例もほぼ同じ時期で、シリアスな題材を扱っています。例えば、石油の枯渇問題をARGを通じて考える「World Without Oil」です。
これは一般のゲームと違ってゴールがなく、ストーリーもありません。目的は、石油の枯渇問題に対して、その専門家が一方的に伝えた情報を聞くだけではなく、市民がその問題を考え、実際に行動するところまで誘導することです。ARGによって、参加者は使命感に駆られていろいろと考えはじめます。そして、集合知によって個人では出せない素晴らしい案が出てきたり、他の人を巻き込む形でそうした案を行動に起こそうとしたりするのです。僕は「教育型ARG」と呼んでいます。
■ ARGの重要な要素は大きく3つ
――色々なARGの事例を聞かせていただいて、かなりイメージがつかめてきたように思うのですが、一方で「では、ARGとはなんなのだろう?」という気もしてきてしまいました。八重尾さんの考えるARGとはどんなものかを教えていただけますか?
八重尾 重要な要素は、大きく3つあると思っています。「トランスメディアストーリーテリング」、「コミュニティ」、「代替現実感」で、この3つが揃ってARGになるというのが僕の考えです。
「トランスメディアストーリーテリング」は、一つの一貫したストーリーをその作品以外の他の複数のメディアで補完しあうという考え方です。この考え方は、映画『マトリックス』の辺りから出てきたものです。あの映画には、その周囲に「アニマトリックス」もあれば、ゲームもある。それらは必ずしもネオの視点じゃなくて、違うキャラクターの視点から見た物語や別の時間軸で描かれた物語になっており、作品全体を互いに補完しあっています。ARGも基本的にその構造にのっとっています。様々なメディアを使い、YouTubeだけではわからないストーリーがブログの情報を見るとわかるというように、一つのメディアに留まらず複数のメディアが緩い補完関係を結びながら形作っています。メディア全体を通して、一つのストーリーを作るわけです。
次に、「コミュニティ」です。ARGへの参加者は、各々では解決不能な謎をみんなで協力して解いていきます。この協力における関係作りが重要です。コミュニティは、同じようなタイプの人たちが集まっていても発展しません。様々な考え方やスキルを持った人が集まって、その数が大きくなればなるほど機能するものです。参加者のタイプをいくつかに分類できるという話もあり、様々な参加者がゲームに参加できるように「ラビットホール」と呼ばれるゲームの入り口を無数に仕掛けます。こうして多様な人たちを集めて、彼らのコミュニティとしての行動を刺激するように、ARGのストーリーを組み立てていきます。これはARGを運営する側としても、最も魅力的に感じるポイントです。
最後の要素が「代替現実感」です。ARGは、「現実を舞台にゲームをしているけれども、決してそのゲーム自体は現実ではない」という領域に存在するのが魅力です。そもそも現実でないものに対して、いかに現実っぽさを感じさせるかの工夫がポイントになります。
この“現実っぽさ”が顕著に表れるのは情報の与え方です。例えば、僕が稲葉さんに連絡を取ろうとしたときに、いきなり「YouTubeに僕のメッセージがあるからそれを見ろ」と言うのは、不自然で、電話やメールなら自然です。こうして与えられるすべての情報が本物っぽいと、世界観がどんなにフィクションであっても、ノンフィクションっぽく見えてきます。すると、現実とフィクションの間が曖昧になっていくのです。これが、現実が喪失されていき、自分自身が物語の世界の中に入っていくような感覚を生み出すのです。
――ARGの参加者は、現実世界がそのままゲーム空間に変わってしまった印象を受けていても、それは主催者側からすれば、本来は虚構でしかないものをいかにして日常的なものに見せかけるかという努力を重ねた結果なのですね。
八重尾 はい、すべて仕組んでいます。そして、仕組む側は、この情報ソースであれば、どういう与え方をすると本物っぽく見えるかを精査します。ここがうまくいかないと、ちぐはぐな印象のゲームになってしまいます。
以上の3つの要素がうまく有機的に絡まることによって、参加者の人たちがまるで物語の世界を自分たちが作っているかのような感覚を得ることができる。それによって、一般的なプロモーションでは絶対に獲得できないレベルの深い理解のある顧客が獲得できます。これを目指しているのが、ARGだと考えています。
■ 未開拓な日本におけるARG市場
――日本ではARGはあまり知られていないようですが、既に実績があるのでしょうか?
八重尾 2005年の「VIPPERのあんたがたに挑戦します」という「2ちゃんねる」のニュース速報(VIP)板で行われたARGが、日本での最初のものだと思います。
出題者の出したパスワードを、セブンイレブンにある「ネットプリント」で印刷するとクイズがあり、その解答が示す場所でまた新たなパスワードを入手してクイズを受け取ることを繰り返しながら、ゴールに向かうというものです。パスワードやクイズは2ちゃんねるで共有されて、参加者は協力しながら出題者の謎に立ち向かっていきます。
「あんたがた」の制作者さんは、ARGの存在を知り、日本でもやりたいと思ったものの、当時はARGに利用できるメディアに様々な限界があったことから、ニュース速報(VIP)板にメディアを特化したのだそうです。内容は、謎好きの人たちに訴求するように作られています。結果的には、いまでも継続されている人気のあるARGとなっています。
日本で初めて本格的に開催されたARGは、2008年の「The Lost Ring」といえるでしょう(参考:http://www8.atwiki.jp/lostring/)。全世界規模で開催されたARGが、日本にもやってきました。内容は、世界各地に出現した6人の記憶を失ったアスリートたちに課せられたミッションを、参加者が協力して解いていくというものでした。続く4月には、「名探偵コナン・カード探偵団」(参考:【PR】ブレイク寸前の”ARG”作品! ネットを駆使するカードゲーム『名探偵コナン・カード探偵団』 - ファミ通.com)が発売されています。これは、先ほど話したカードゲームのARGである「Perplex City」の内容を研究して制作されたものです。僕自身がARGに興味を持ったきっかけも、当時携わっていたアーケードゲーム業界の業界誌の取材で、この「カード探偵団」を知ったことです。
2009年以降、国内でもARGの動きが早くなりました。坂本龍馬を暗殺した「組織」を参加者が追いかけていく「RYOMA the secret story」や、雑誌「SFマガジン」50周年の特別展で行われた「Future Player」、メディアファクトリーが翻訳した「サーティナイン・クルーズ」、小説家・新城カズマさんの『15×24』のプロモーションとして行ったARGなどが印象的です。
――日本でARGを普及させるために必要だと考えていることはありますか?
八重尾 まず日本にはそもそもARG市場が存在していません。だから、既にある市場に参入するのとは、全く別の考え方が必要になってきます。市場そのものを作っていかなければいけません。大事なのはやはりお金です。スポンサーやクライアントを見つけること、あるいは「Perplex City」のように、自分自身で利益を稼ぐための販促ルートの確保が必要です。
人材の確保も問題です。参加者の行動に応じてストーリーを変えようなどとすると相当にハイレベルな熟練者が必要ですし、動画制作やイベント運営などの様々な専門スキルを持った人材が揃うことが大事です。とはいえ現状では、ARGの仕事だけで養えるという常用ではなく、プロジェクトごとに人を雇うという形式をとらざるを得ません。
日本は、才能があるのに在野で埋もれているアマチュアがたくさんいます。そういう人たちに声をかけて、その都度チームを立てて制作するという形が現状では合っているのかなと思います。市場が大きくなるにつれて、ARG専業の作家が現れたりするなど、漫画家や作曲家といった職業の選択肢として考えてもらえる市場にしていきたいと考えています。
――これまでの話を聞いていると、アメリカのようなARGはスポンサー集めが大変そうに見えます。アメリカという広大な土地がある国だからこそ盛り上がるゲームという感じもしてしまいます。
八重尾 イギリスでは、チャリティーへの理解を深めて、行動を喚起するものなど、アメリカとはまた違ったシリアス系のARGが多く開催されています。イギリスはチャリティーが盛んな国で、これはそこに合わせたタイプのARGです。現実を舞台にしたゲームなので、基本的にはその土地にあわせたやり方で進めていくのが重要だと考えています。ですから、日本にアメリカやイギリスで行われているものをそのまま持ってきても、あまり上手くいかないと考えています。例えば、日本ならばアメリカに比べて、携帯電話が非常に普及しています。高校生がみんな携帯電話を持っていて、携帯ゲームなんかも非常に遊ばれている。そういう国で可能な、日本らしいARGの形というのは絶対にあると考えています。今年は、日本でも大規模なARGが行われる可能性がいくつかあるという話を聞いています。
――ありがとうございました。