1980年~1990年代半ばに活動し、「リバーズ・エッジ」や「pink」などの作品を発表したマンガ家、岡崎京子さん。1996年に遭遇した交通事故の影響で現在は執筆を休止していますが、今なお多くのファンから支持されています。7月には、代表作の1つ「ヘルタースケルター」が実写映画化され、主演の沢尻エリカさんの激しい演技や、監督の蜷川実花さんによる独特の世界観で話題を集めました。筆者も劇場に足を運びましたが、驚いたのが若い女性客の多さ。映画は見たけれど、原作や他の岡崎京子作品を知らないという方も多いのではないでしょうか。そこで、ネットの岡崎京子ファンと『岡崎京子の研究』を執筆したばるぼらさんに「ビギナーが最初に読むべき岡崎京子の1冊」を聞いてみました。
■アンケートで支持されたのは『リバーズ・エッジ』と『pink』
▽ http://q.hatena.ne.jp/1344336204
岡崎京子ファンの声を聞くべく、はてなが運営するQ&Aサービス「人力検索はてな」で、8月7日~8月14日にアンケートを実施しました。回答のほか、はてなブックマークのコメント、Twitterなどに寄せられた意見をまとめてみると、『リバーズ・エッジ』と『pink』の2冊を推す声が目立ちました。
『リバーズ・エッジ』は、1993年3月~1994年4月にティーン向けファッション雑誌『CUTiE』で連載されていた作品。登場人物の1人「吉川こずえ」は、後の『ヘルタースケルター』にも登場します。
『pink』は、昼はOL、夜はホテトル嬢として働く「ユミちゃん」を主人公に“愛と資本主義”を描く物語です。『NEWパンチザウルス』(休刊)で1989年2月~1989年7月に掲載されていました。おすすめの理由として「入りやすい」「男の人に薦めたい」「バブルまっさかりの日本の雰囲気が伝わる」などのコメントが寄せられました。
その他、名前が上がった作品は以下の通りです。
<“最初に読むべき1冊”に挙げられた作品>
- 『リバーズ・エッジ』(宝島社)
- 『pink』(マガジンハウス)
- 『ハッピィ・ハウス』(主婦と生活社)
- 『ヘルタースケルター』(祥伝社)
- 『チワワちゃん』(角川書店)
- 『東京ガールズブラボー』(宝島社)
- 『カトゥーンズ』(角川書店)
- 『エンド・オブ・ザ・ワールド』(祥伝社)
- 『ジオラマボーイ・パノラマガール』(マガジンハウス)
■岡崎京子“研究者”に聞いてみた
上記の回答結果を、7月に書籍『岡崎京子の研究』を出版したばるぼらさんに分析、解説してもらいました。あわせて、ばるぼらさんが考える「最初に読むべき岡崎京子の1冊」も聞いてみました。
――回答の結果を見て、気になったことはありますか?
ばるぼら 岡崎先生の仕事は、「ジオラマボーイ・パノラマガール」を連載してた1988年までが前期、「pink」を始めた1989年からが中期、「リバーズ・エッジ」を始めた1993年からが後期と大ざっぱに3つの時期に区切ることができます。回答で挙げられてるのはほぼ中期・後期の作品なので、やっぱり前期は特殊なんだなと思いました。
というのも、ワタシの周りにいる前期のファンって、大抵は中期と後期の作風が好きじゃない。そして中期・後期のファンは「前期もまあいいけど」みたいに一歩引いた感じがあって、そこに妙な境界線があるんです。
――前期と中期・後期の違いとは?
ばるぼら 前期の作品は、何気ない生活の風景を切り取りながら女の子の日常感覚としてあるセックスを織り交ぜるような、かわいさとか、淡々とした前向きさとか、比較的読後感が軽いです。中期、特に後期は、暴力や人の生き死に、悩み、葛藤など、重苦しいモチーフが出てくるので、ずっしりとした作品を読んだ満足感があるんじゃないかな。
――『リバーズ・エッジ』を薦める人が目立ちましたが、この作品は岡崎京子ビギナー向けなんでしょうか?
ばるぼら そうですね。岡崎先生も気に入っている作品と発言していましたし、世間的にも最高傑作とされている、はず。『ヘルタースケルター』の映画化以前は、共通言語のように一番読まれていた岡崎作品なんじゃないでしょうか。
作品は全体を通して詩的で、90年代前半に流れていた倦怠感があります。「80年代に終末感を楽しみすぎて、90年代にはもう飽きてた」「世紀末って別に何か特別なことが起きるわけではないよね」みたいな作者の時代認識を感じます。
ただ『リバーズ・エッジ』以前には描かれてない作風なので、「こういう作品を描く人なんだ」と思われると「まだ!もうちょっと待ってくれ!」と言いたくなります(笑)。『リバーズ・エッジ』『pink』『ジオラマボーイ・パノラマガール』『東京ガールズブラボー』が定番かも。
――『pink』もたくさんの人が挙げていました。
ばるぼら 岡崎先生は『pink』でブレイクしました。ブレイクとはつまり、それまでの読者以外にも読まれるようになった、広がりのある作品ということなので、もしかしたら『リバーズ・エッジ』より入りやすいかも。ワタシも好きな作品です。知り合いの19歳と29歳の女子は、一番好きと言っていました。男子で好きと言ってる人は周りにいませんねえ。
――映画化で一番注目が集まっているのは『ヘルタースケルター』ですよね。
ばるぼら 『ヘルタースケルター』は全編シリアスで他の岡崎作品にあるような遊びのコマがほとんどなくて、最初に薦めたい作品ではないんです。映画を観て興味を持ったなら、まずは今回挙がっている他の作品を読んでほしい(笑)。いろいろ読んだあとに『ヘルタースケルター』を読むと、「なんでこの先を描いてくれなかったんだ~」と漫画の神様をぶん殴りたくなるはずです。
――たしかに、続きが気になる作品です。映画は見られましたか?
ばるぼら はい。映画は監督の個性が全面に出ていて、マンガが原作というより、マンガをもとにした二次創作に仕上がっていますね。女性キャストのハマリっぷりが好印象でした。
――最後に、ばるぼらさんが考える「最初に読むべき岡崎京子の1冊」を教えてください。
ばるぼら 「万事快調」という作品が収録されている短篇集『UNTITLED』(角川書店)をおすすめします。小津安二郎さんの映画のような、淡々としながらざわざわとした感情が残る作品です。『岡崎京子未刊作品集 森』(祥伝社)に収録されている「森」もこれまでになかった文体で好きなんですが、未完なので保留で。
――よければ、個人的に好きな1冊も。
ばるぼら 『リバーズ・エッジ』の直前に描かれた『愛の生活』(角川書店)です。他の作品よりも時代感が希薄で、適度にハチャメチャ、適度に暴力、息苦しさも抜けの良さもあり、最後は希望がある。これと『カトゥーンズ』はいつでも読めます。
――ありがとうございました!
というわけで、筆者もばるぼらさんが挙げていた『ジオラマボーイ・パノラマガール』を読んでみました。これまで『pink』と『ヘルタースケルター』しか読んだことがなかったのですが、独特のテンポや空気感に惹かれ、夢中になって一気に読了しました。これを機に、いろんな“岡崎京子作品”に触れてみたいと思います!
<ばるぼら barbora>
ネットワーカー。著書に『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』、『ウェブアニメーション大百科』(共に翔泳社)、『NYLON100% 渋谷発ポップカルチャーの源流』『岡崎京子の研究』(アスペクト)。
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