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「口腔ケアが認知症予防につながること」を証明する研究に取り組む、名古屋市立大学の道川誠教授に聞く

「口腔ケアと認知症」の関係について明らかにするために研究に取り組んでいる名古屋市立大学医学部の道川誠教授に、歯周病に関する研究内容と、普段のご自身のオーラルケアについてお話を伺いました。

国内に460万人以上がいると言われる認知症患者。高齢化により、その数はますます増えることが確実視されています。名古屋市立大学医学部の道川誠教授は、「口腔ケアと認知症」の関係について明らかにすることを目的に、マウスを使った実験や、実際の認知症患者に対する介入試験を行っています。道川教授の研究と、ご自身の口腔ケアについてお話を伺いました。

※この記事は、パナソニック株式会社による記事広告です。

■ 歯周病菌の毒素が、脳内に炎症を起こす可能性

── 道川誠先生は、認知症の主要な原因のひとつである、アルツハイマー病を専門分野としていらっしゃいます。最近の研究テーマについて教えていただけますか?

道川誠教授(以下、道川) 私は長年、アルツハイマー病の発症メカニズムの研究を脳内脂質代謝との関連から行ってきました。中でも特に近年力を注いでいるのが、「口腔疾患と認知症の関係解明」です。口腔疾患には、歯周病、歯周病や虫歯などによる歯牙欠損、それらの結果としての咀嚼機能の低下があります。その3つの症状が進むことで、認知症も悪化するのではないかという仮説を立て、国立長寿医療センターに在籍していた時から複数の大学と協力して、研究を進めてきました。

── 2017年には、マウスを用いた実験で、歯周病がアルツハイマー病の悪化を促す可能性が高いことを突き止めた、という論文を発表されています。論文は英科学誌「エイジングおよび疾病メカニズム」電子版に掲載され、日本の新聞各紙でも話題になりましたね。

道川 はい、増え続ける認知症に対する関心の高さからか、多くのマスコミに取り上げられました。その研究では、アルツハイマー病にかかったマウスを2つの群に分け、片方には歯周病菌を感染させて、経過を観察しました。

Periodontitis induced by bacterial infection exacerbates features of Alzheimer’s disease in transgenic mice | npj Aging and Mechanisms of Disease

道川 アルツハイマー病は、脳内の記憶を保持するシナプス(神経細胞)間隙に、「アミロイドβ」という“タンパク質のゴミ”が溜まることで起こります。歯周病に感染したマウスの脳を解剖した結果、感染させていないマウスに比べて、明らかにアミロイドβの沈着が増えていることが分かりました。マウスに物体認知試験を行ってみても、有意に歯周病マウスの記憶力が低下していることが判明しました。

── 歯周病は、歯と歯肉の間に歯垢(プラーク)が溜まり、それを栄養とする歯周病菌が歯肉に感染することで起こる慢性的な炎症です。痛みはほぼありませんが、歯肉の腫れや出血が続き、症状が進むと歯を支えていた歯槽骨が溶けて歯がぐらぐらするようになり、やがては抜け落ちてしまいます。しかし素朴な疑問として、口の中で起こる歯肉の病気が、なぜ脳の認知機能に影響を及ぼすのでしょうか?

道川 良い質問ですね。歯周病は口の中で起こる病気というイメージがありますが、実は心臓疾患や糖尿病など、人体の広範囲に影響を及ぼす、全身疾患であることが分かってきています。動物の脳にはBBB(血液脳関門)と呼ばれる“ゲート”のようなものがあり、そこで血液中に含まれる、脳にとって有害な物質やウィルス、菌などをせき止めています。健康な脳はBBBによって保護されているのですが、歯周病にかかってしまうと、BBBを形成している「タイトジャンクション」と呼ばれる脳と外部との接点がバクテリアの毒素に攻撃され続けることで緩んでしまい、異物を通り抜けさせてしまう可能性があることが分かったのです。

── 歯周病菌が血液に乗って、脳まで届いてしまうということでしょうか?

道川 歯周病菌の多くは血液に入ると免疫細胞によって殺されますが、その細胞膜の持つ「エンドトキシン」(内毒素)が、人体に悪影響を与えるのです。エンドトキシンが脳内に入ると、脳の中で炎症が起こり、その結果アミロイドβの沈着が増えることが分かりました。増えたアミロイドβはさらなる炎症を起こし、脳の細胞死を誘発します。その「悪いサイクル」によって、認知症が悪化していくのではないか、と考えています。ある研究者の報告では、歯周病菌そのものがタイトジャンクションを通り抜け、脳内に入り込んでいたというケースもあったそうです。

── 30代の日本人のうち、約8割が歯周病に感染しているというデータもあります。「国民病」とも言われる歯周病ですが、その影響は本当に深刻ですね。

道川 その通りです。歯周病が起こす問題は、それだけではありません。歯周病が進めば歯が抜け落ち、咀嚼力が低下します。マウスの実験では、咀嚼機能が低下すると、脳の短期記憶を担う重要な器官である「海馬」への刺激が少なくなり、海馬の神経細胞が死んでしまって、数が減っていきます。咀嚼機能が低下することで、さらに認知症が悪化する可能性が高まっていくのです。

■ 認知症の患者に電動歯ブラシで口腔ケア

── 道川先生は現在、日本歯科大学とともに口腔ケアが認知症予防につながることを証明するための介入試験にも取り組んでいるとお聞きしました。

道川 はい、一昨年からスタートしています。アルツハイマー病の患者およびその予備軍の高齢者約40名を半分に分け、電動歯ブラシ使用による口腔ケアをした群と、自分の従来の方法を続ける群で比較し、適切な口腔ケアが認知症に与える影響を2年にわたって調査する計画で、2019年3月には第1弾の報告をする予定です。

── 患者さんたちに、何か変化はありましたでしょうか?

道川 電動歯ブラシを使うようになった結果、患者さんたちの歯周病は、歯医者さんが驚くほど劇的に改善されています。

70歳を超えると、健康な人でも4%が認知症を発症していきます。介入試験の結果、口腔ケアが認知症予防につながることが、はっきり数値で証明できればと期待しています。

── 先生ご自身は、普段の生活でどんな歯のお手入れをされていますか?

道川 自宅に3本、職場に1本の電動歯ブラシを常備し、起床時・朝昼晩の食事後・就寝前と、1日5回の歯磨きが習慣になっています。

朝起きてすぐは口内にバクテリアが増えていますから、そのまま食事をすると、そのバクテリアを全部飲み込んでしまうことになります。口の中には常時700種類もの細菌がいるとされ、温度は36度前後に保たれており、水分も十分にありますから、有機物が『腐る』には絶好の環境なんです。食べかすをそのままにしておくのは、真夏に生ゴミを放置しておくようなもの。そう聞くと、小まめに歯磨きしようと思いますよね(笑)。

── 先生は東京医科歯科大学のご出身ですが、学生時代から歯に対する関心が高かったのでしょうか。

道川 はい、友人にも歯医者が多くて、若い時から口腔内のバクテリアの顕微鏡写真などを見る機会があり、それで口腔ケアをちゃんとしようと思うようになりました。歯科医の友達は皆、歯磨きするときに歯磨き粉をつけないと聞いて、私もそうしています。歯磨き粉に含まれるミントの強い刺激で、つい十分磨けている気になってしまうんですね。

普通の歯ブラシで一本一本の歯をきちんと磨くと、10分ぐらいかかってしまいますが、電動歯ブラシなら2分ぐらいで磨き終わります。手軽なので、1日5回の歯磨きもまったく面倒ではありません。アルツハイマー患者に対する介入試験においても、電動歯ブラシを配布したのは、高齢者が「自分の手でしっかりすべての歯を磨くのは困難である」ということが大きな理由です。

■ 認知症予防は、日本の最優先課題

── 日本ではますます認知症の患者が増えていくといわれています。

道川 先進国のなかでもいち早く「超高齢化社会」に突入した日本では、認知症の患者数が増加の一途をたどっています。2012年の厚生労働省の調査では、国内の認知症患者は462万人でした。これは6年前の数字なので、現在ではさらに増えており、近い将来には600万人~700万人もの人が認知症になるといわれています。65歳以下で発症する若年性認知症の患者さんも増えており、患者さんのケアのために、国全体でかかる医療費や介護費もますます膨れ上がっていくでしょう。認知症になった方は就労が困難になっていくため、患者が増えれば、国全体の経済力も低下していきます。認知症の予防は、今すぐ日本全体で取り組むべき最優先課題なのです。

── ありがとうございました。

<お話を伺った方>

道川誠(みちかわ・まこと)さん
名古屋市立大学 大学院医学研究科 病態生化学 教授

茨城県出身。1985年3月、東京医科歯科大学医学部卒業。関東中央病院、都立駒込病院(いずれも神経内科医員)、東京医科歯科大学医学部神経内科助手を経て、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学に留学し、基礎研究に取り組む。帰国後、東京医科歯科大学医学部神経内科助手、国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター・アルツハイマー病研究部の室長、部長を歴任。2012年4月より現職。歯とアルツハイマー病との関連についての研究、歯周病や歯牙欠損、ソフトダイエットとアルツハイマー病・認知機能に関する研究などを行っている。


[PR]企画・制作:はてな
取材・構成:大越 裕(チームパスカル)
撮影:大立目翔太(スタジオバク)


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