新しい働き方や未来の会社を考えるイベント「Tokyo Work Design Week」(TWDW)が11月17日から24日まで開催された。今年のテーマは「“仕事”を“私事”へ」。わたしたちが普段「仕事」と呼ぶ一連の行為と、行為の主体であるわたしたちとの関係は、TWDWが始まった6年前と比べても大きく変化している。その変化をTWDWは“私事(シゴト/わたくしゴト)”と表現する。「仕えるコト」(仕事)から「わたくしゴト」(私事)への変化を体現する先進的なパラレルワーカーから、新しい働き方の具体的な方法、考え方を学ぶ。
人並み外れた旺盛な好奇心
クラウドソーシング大手のランサーズが4月4日に発表した「フリーランス実態調査 2018年度版」によると、日本の人口に占めるフリーランスの割合は17%で、その経済規模は前年比9%増の20.1兆円だった。フリーランサーのうち、特に複業系パラレルワーカーは前年比5%で増加傾向にあるという。複数の会社に所属し、いくつかの仕事を並行してこなすいわゆるパラレルワーカーが日本の社会の中で存在感を増しつつある。TWDW 2018の最初のセッション「 “仕事を“私事”に変える〜会社員3.0時代の複業化する働き方〜」には、そんなパラレルワーカーの先駆者3人が登壇した。
- 伊藤羊一さん(ヤフー株式会社 コーポレートエバンジェリスト/Yahoo!アカデミア 学長)
- 仲山進也さん(仲山考材株式会社 代表取締役/楽天株式会社 楽天大学学長)
- 正能茉優さん(株式会社ハピキラFACTORY代表取締役/ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社/慶應義塾大学大学院 特任助教)
3人の共通点は大企業に籍を置きながら、自ら興した企業の代表取締役を務めていること。学生時代に起業した正能さんは別だが、伊藤さんと仲山さんは所属する企業での仕事をこなす過程で結果的に、自分の会社を作る必要性や理由が生じた。
伊藤さんは現在、Yahoo!アカデミアの学長としてリーダー開発のミッションを担っているが、社内外から依頼される仕事をできるだけ断らずにこなしてきた結果、自分が携わる仕事の内容を一言では説明できないユニークなキャリアが形成された。「自分の本能と直感に従って、やりたいことをやってきました。(仕事の内容によっては)今までやっていないこと、自分にとってはハードルが高いものもありましたが、全部引き受けることで、仕事の幅や種類はどんどん広がっていきました」。自身が代表取締役を務める会社があることで、引き受けられる仕事の種類は拡大した。
仲山さんが「仲山考材株式会社」を創業したのは2008年。楽天大学の学長として、楽天市場出店者の学びの場を主宰していた時だ。会社を設立する1年前の2007年には楽天で唯一、兼業自由、勤怠自由の正社員になっていた。レオス・キャピタルワークスの「契約トラリーマン」(トラリーマンとは、会社員・公務員でありながら、会社の「社命」よりも使命に従い、会社のリソースを使って自由に活動し、顧客のために働く社員:レオス・キャピタルワークス藤野英人氏による定義)、ヤッホー・ブルーイングの「エア社員」という不思議な肩書もある。楽天の正社員としての給与は2007年から変わらない。そのため「仲山さんの働き方は定年退職後の働き方と同じですね、と言われたことがあります」。「年金=正社員としての給与」があって足りない分は自分で稼ぐ、ということだろう。彼の場合、自身の会社があることで、自分が面白いと思える仕事を(会社の許可を得るのではなく)自らの意志で進めることが可能である。仕事のやり方も含めて、「自分で決められる」というメリットを仲山さんは重視しているようだ。
正能さんは現在、ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社に所属しながら、地方の商材をプロデュース・販売する「株式会社ハピキラFACTORY」の代表取締役社長と慶應義塾大学大学院の特任助教を務めている。「好きなことは自分からは出てこない」と正能さんは言う。可能性を秘めた「何か」が自分の周りに出現した時に「その可能性のボタンを連打する」ことで、道がひらけていく。その際、(安定的に収入が得られる)本業があれば、副業としてのビジネスの可能性に賭けることができる。それらのサイドビジネスは多くの場合、個人として関わるには興味深い案件かもしれないが、すぐに安定した収益を生み出すことはない。仕事の頻度も週に1日程度の稼動、あるいは月に1日程度であることはザラだ。このような(可能性を秘めた)小さな仕事を少しずつ育てていく上でも、本業の存在は非常に重要だと正能さんは考えている。
パラレルワーカーとしての実績を更新し続ける3人の職業観に通底するのは、人並み外れた旺盛な好奇心だろう。伊藤さんと正能さんはともに、誰かからの相談(=仕事)をできるだけ断らない。事案に対する好みはあるだろうし、どうしても応じられない状況もあるには違いない。それでも、2人の新しい仕事に対する基本姿勢は「とりあえず、受け入れる。少なくともすぐに否定はしない」である。
ソフトバンクアカデミア(孫正義氏の後継者育成プログラム)に参加した伊藤さんは、他の参加者たちが、ことあるごとに「すげー! やべー!」というフレーズを連呼することに気がつく。「声に出して言うことが大事なんですね。実際に声に出すことで、自分の中の好奇心が発火される」と伊藤さん。新サービスの発表を聞いて「すげー!」、新商品の発売を受けて「やべー!」。声を出すことで、自分では意識せずとも好奇心が刺激され、ポジティブな姿勢が生み出されていく。新しいもの、珍しいものに対する飽くなき好奇心が、自分を鼓舞する力の源泉になる。正能さんの「可能性ボタンの連打」という言葉も考え方としては一緒だろう。
仲山さんの好奇心の持ち方は他の2人とは少しだけ異なる。「『いいよね、自由で』と言われることがあるんですが、わたし自身はわがまま放題にやっているつもりはないんです」。仲山さんは「自由」という言葉を「『自』分に理『由』がある」と解釈する。自由の対義語として設定するのは「他由」だ。「『他』人に理『由』がある」という意味。つまり、わたしたちは通常、自由の反対のニュアンスとして、「拘束」「束縛」「強制」「統制」といった、自身の行動を縛りつけるネガティブな外部の力を想定するが、仲山さんによれば、そうではなく、自分を動かす原動力(=理由)が自分の中から生まれているか、他人のものかの違いに着目する。他人の理由で自分を動かすことを「他由」とすると、「自由」とは行動の理由を自分で決めることだ。「自由」においては、溢れるほどの好奇心が自分の中のさまざまな理由を探し求める。
働き方の4つのステージと自己中心的利他力
3人の話を聞いていると、どうやらパラレルワーキングという働き方は、最初から狙って行うものではないような感じがする。とはいえ、先駆者が事を成すプロセスというのは往々にして、結果の分析から導かれるものであり、社会全体が新しい働き方を模索しているいま、そのフレームワークが確立していると考える方が不自然であるともいえる。
仲山さんが自身の経験を参考にしながら整理した「働き方の4ステージ」は、一般的な意味での職業人生のそれぞれのプロセスをも的確に表現しており、わたしたちがこれからの働き方を考える上で、とても参考になる。仲山さんは働き方のステージを「加・減・乗・除」の4つに分類している。「加ステージ」を起点として、最終的に「除ステージ」に到達する、という職業上の成長のイメージがそこにはあるが、必ずしも「除ステージ」を目指せばいいというわけではない。それぞれを順番に見ていこう。
[1] 加ステージ:できることを増やす。苦手なことをやる。量稽古。仕事の報酬は「仕事」
ここは、多くの初心者(新入社員など)が通らなければならないステージだ。苦手なことの克服も含め、できることの種類が増え、安定したアウトプットを出せるようになると、徐々に仕事のレベルが上がり、強みが浮かび上がってくる。
[2]減ステージ:好みでない作業を減らして、強みに集中する。仕事の報酬は強み
このステージは専門性に集中していく。強みを磨くことで「旗が立つ」状態になり、自他ともに認める強みが確立するようになる。専門性・強みの目安は「本を1冊書けるかどうか」(仲山進也さん)。本1冊の分量は、およそ10万字なので、ブログなら1エントリーを2000字として、50エントリー分のアウトプットが可能かどうか。
[3]乗ステージ:磨き上げた強みに、別の強みを掛け合わせる。仕事の報酬は仲間
複数の強み、専門性を持つことで、職業人としての競争優位性がさらに上がるステージである。社外の人とのプロジェクトが増え、つながりもでき始める。
[4]除ステージ:(因数分解して)1つの作業をしていると、複数の仕事が同時に進むような環境、仕組みを作る。仕事の報酬は自由
複数のプロジェクトに関わるにあたっては、共通の因数でくくれるようなデザインを考える。すると、1つの仕事のプロセスが他の仕事のアウトプットにもなるというように、生産性の効率的な向上が見込める。
さらに仲山さんは、働き方のスタイルを四象限に分けて整理している。これは職業人としての価値観を4つのタイプに分類したものだ。仕事に対する向き合い方には、人それぞれに違いがある。前述したステージの話とも関連するが、価値観の持ち方によって、立つべきステージが異なってくる。
四象限を表現する時の軸は以下の4つである。
- [縦軸]自己中心的(自由)
- [縦軸]自己犠牲的(他由)
- [横軸]利他的価値(喜ばれる)
- [横軸]利己的価値(喜ばれない)
これらの軸の組み合わせから、4つの価値観が導かれる。仲山さんのコメントも合わせて紹介する。
- 自己中心的利他(ここが理想)
- いわゆる自己中(自分だけ楽しい)
- 自己犠牲的利他(ここが問題)
- いわゆるドM(つまんない仕事をガマンしてやる)
職業人の価値観として理想的なのは、仕事を行う理由を自分で設定しながら、その仕事が他人のためになっていることを心から喜ぶこと。一方で、仕事上の悩みの多くは「自己犠牲的利他」のゾーンで発生する。自分が心からやりたいことではないが、誰か(主に上司)の役には立っているのでしぶしぶながらも受け入れるという考え。「組織の常識」や「しがらみ」「転職市場の動向」「家庭の事情」など、一筋縄ではいかない多くの問題を前にわたしたちは、ほとんど選択の余地がないと思い込んで「自己犠牲的利他」のゾーンに留まり続けているのかもしれない。そのようなわたしたちに向けて、仲山さんは(組織、社会などから)「浮く」ことのメリットを説明する。「『浮く』と、同じく浮いている、価値観の合う自由人に出会いやすくなる」。仲山さんが伊藤さんや正能さんと「出会った」のも、そのユニークな考え方や働き方を理解する知人が「きっと話が合うはず」と紹介されてのことだった。伊藤さんも「大きめの会社に所属して、自分の会社を経営し、いろいろなところで講師をしている人というのは、実はとても珍しいということが最近分かりました」と言う。「仲山さんと一緒に登壇する機会が増えた」とも。
willとmustの絶妙なバランス感覚
良い意味でも悪い意味でも、組織から「浮く」ことを積極的に選択することは、実際にはとても難しい。伊藤さん、正能さん、仲山さんは3人とも会社に所属しており、当然、会社が定めるルール(就業規則や倫理規定など)の範囲内で仕事をしている。しかし、必ずしも、これまで常識だと考えられてきたルールに収まるような働き方をしているわけではないため、時にはルールの境界線を確認し、場合によっては拡張する働きかけをしなければならなくなる。「(出版や社外イベントの出演といった活動で)現実に苦労している人は多い。会社公認の自由人である仲山さんでも、境界線を模索しているのが現実です」(伊藤羊一さん)。「ゴルフのOBラインがはっきりすると、自由に動きやすくなります。楽天は会社の理念が明確なので、たいていのことはOBになりません」と仲山さん。正能さんも、関係する人には細めに報告を入れるようにしているという。「何をするのか分からないという不安な気持ちを生まないようにすることがとても大切だと考えていますので、動きがあれば報告し、その都度、確認をとって、慎重に仕事を進めることを心がけています」
パラレルワーカーとして社内外で活躍するには、実は人一倍、会社や同僚に対する配慮が求められるということが、3人の考えからうかがえる。
また、彼らの仕事に対する向き合い方に共通するのは、自分のやりたいこと(will)と他者からの要請(must)との絶妙なバランス感覚だ。正能さんは自身のキャリアを「ビュッフェキャリア」と表現し、好きなことを少しずつ、バランスよくやることを信条としながら、同時に「いつのまにかヒーロー」というキーワードに乗せて、自分が好きでやり始めたことが、「いつのまにか」他人のため、社会のためになり、受け入れられ、承認されることを目指すとしている。
複数の会社に所属し、いくつもの仕事を並行して行うパラレルワーキング。このような働き方はいま、初めて生まれたわけではない。いくつもの仕事を掛け持ちして、忙しく働いてきた人はこれまでにもたくさんいる。ただ、「パラレルワーカー」という言葉が新たに生まれ、改めて注目されていることの背景には、個人の働き方という問題を超えて、会社、社会、国、地球レベルでの大きな変化が存在することを忘れないようにしたい。歴史の必然的な動きとして、パラレルワーキングという新しい働き方を捉える時、わたしたちは、ついつい八方塞がりの状態に陥りがちな仕事論に、明るい兆しを感じ取ることができるのではないだろうか。