「リアル脱出ゲーム」を主催する株式会社SCRAPを経営する加藤隆生氏に、ゲームイベントの作り方や「空間」への拘りについて話を伺った。インタビュー後半では、京都を中心に活躍するSCRAPの他の活動について語って戴いている。
リアル脱出ゲームの作者に聞く 株式会社SCRAPインタビュー(前編) - はてなブックマークニュース
みんなに「買わせて下さい!」と言ってもらうために
―― SCRAPが何をやっている会社なのかということを教えて戴けますか?
加藤 ……一言で説明するのは、難しいですね(笑)。
―― それでは(笑)、SCRAPを始めた経緯を話して戴けますか?
加藤 経緯を話すと、ロボピッチャーというバンドでミュージシャンとしてCDを出せる状態になり、ボロフェスタという音楽イベントもやり始めた時に、宣伝活動が必要になったということですね。そのときに、それまで全て自分の力でロボピッチャーを動かしてきて、どこのイベンターにも頼らずにイベントをやってきたのに、宣伝だけチラシを外注するのは格好悪いよなという気持ちになったんです。
それで、どこかにプレゼンをしに行くんじゃなくて、まずは自分で作ってみたもので大きな「柱」を作って、そこにみんなが走ってくる状況を作りたいと思った。こっちが「買って下さい!」と言うんじゃなくて、みんなに「買わせて下さい!」と言ってもらうために何をすればいいかを考えたんです。
加藤氏がボーカルを務めるバンド・ロボピッチャーのライブ
そこで、まず「地域」という場に目が行って、京都のバンドだし、京都のイベントだし、京都の人間が集まって物を作っているというのに、Webを使うのはないなと思った。一方で、僕は自分で文章を書きたかったし、雑誌のラフも書く自信があったし、紙も好きだった。それで、フリーペーパーを作って、自分たちと地域のプレゼンをしたくなったんです。
―― フリーペーパーを創刊された後にも、色々なことをされてますよね。
加藤 それは、やっぱりイベントからスタートしているからですね。ボロフェスタに、どうやって人を動かすかというのがありました。あと、「誰も知らないミュージシャンの記事を、どうやったら読んで貰えるか」という発想もあったんです。以前は、京都には音楽を紹介するフリーペーパーが沢山あったのですが、やっぱり聞いたことのないバンドが表紙の本は取らないですからね。
―― 宣伝という部分で、イベントは集客力があるという発想もあったわけですか?
加藤 集客力……うん、そうかな。あと、読んでから「ああ、良かった」となって部屋に置いておいてオシマイというのではなく、その気持ちを身体で表現できるフリーペーパーにしたいという気持ちがあったんです。もちろん、部屋に置いて終わりというのも、それはそれで好きですけどね。
そもそも、フリーペーパーは現実を盛り上げなきゃ意味が無いんですよ
――そこで、現実に身体で表現したいという方向に結びつくのが面白いなと思うんです。別に、紙の上で完結していたっていいと言う人も多いはずなんです。そこで、外に飛び出してしまうのは、何故なのでしょうか?
加藤 要は、そうでないと雑誌に勝てないんですよ、フリーペーパーって。良い情報、良いデザイン、面白いテキストが載ったものって、本屋に売ってるんですよね。
―― それは、莫大な費用をかけて、プロをガンガン連れてきて作った物には勝てないということですか?
加藤 もちろん、自分たちの作ってるもののクオリティが負けているとは思ってませんよ。ただ、フリーペーパーの目指す場所が本屋の売り場ではないと思ったんです。要はね、この町で一番面白い物を作ってる奴らになりたかったんですよ(笑)。
しかも、僕はフリーペーパーという形態を考えた時に、別にデザインと文章に拘ったって、大して到達点は高くないと思っている。その地域でやってるんだから、読んだ人が京都市を縦横無尽に動き回ってくれなきゃ、と思うんですね。
―― 「現実を盛り上げる手段」としてのフリーペーパー、みたいなところもあるんですか?
加藤 そもそも、フリーペーパーは現実を盛り上げなきゃ意味が無いんですよ。
フリーペーパーというメディアの持つそもそもの制約として、流通の問題がある。一方、フリーペーパーはその地域でしか得られないニュースを持ってもいる。だったら、そこで出来ることは、単に情報を得るだけじゃなくて、情報を得た後にその場所で何かが起こることです。その特性がないと、フリーペーパーは成立し得ない。
まあ、もちろん、そこの地域のエネルギーを高めるために、僕らはWebも使うし、他のメディアのパブを取ることも、恥ずかしげもなくやりますよ。でも、情報の発信拠点が我々であるというのは変えませんけどね。
京都だったら、まず目の前の1000人を楽しませることに集中できる
―― ただ、一方でSCRAPは、結構他の地域から求められ始めてもいるんですね。他地域への進出は、どのくらい検討されていますか?
加藤 今は考えていません。ただ、ビジネスの展開の中で東京に拠点がいるとなった時には、別にためらう理由は無い。でも、それでも製作の拠点は、やっぱり京都かなと思ってます。
―― その製作するなら京都という拘りは、どういう理由なんですか?
加藤 ちょうど良いんですよ、京都って。
まず、人口がちょうど良い。それから適度に若い人たちがいて、適度に社会人もいて、ファミリーもいる。そういう世代の比率がちょうど良い。あとは、スピード感ですよ。時代に遅れてもいないけど、時代の最先端でもない。あと、人の感度もちょうど良いかな。意外と、京都の人って新しいものにパッと飛びつくんですよ。
―― あれは不思議ですよね。外から見ると伝統の町というイメージがあるのに。
加藤 それは、伝統という土台があるから、安心感があるんですよ。どうせダメだったら、またここに戻ってくればいいと思っている。やっぱり土台がある人は、行動が早いんですね。逆に、土台がない人は、新しいものに飛びつくためのジャンプ台がないから、なかなか飛びつけないんです。
しかも、さらに良いのは、京都は批評精神があるところですね。飛びついた後に、ダメだったら、ちゃんと「これダメじゃね!?」と言ってくれる(笑)。
―― 意外と率直なんですよね。
加藤 まあ、もちろん自分たち以外のコミュニティが盛り上がることへのやっかみなんかもあったりはしますよ。でも、それも的を得ていたりすることは多いですし、その辺は自分たちのリテラシーで取捨選択してます。
あとは、コマーシャルから離れられるというのも大きいですね。東京で仕事をすると、やれクライアントだのやれ時代だの、いっぱい考えなければいけないことがあるんです。でも、京都だったら、まず目の前の1000人を楽しませることに集中できる。アイデアの制約が少ないですね。
―― 確かに、京都で物を作っている企業って、任天堂さんや京都アニメーションさんもそうですし、多分はてなもそうだと思うのですが、時代の潮流から少し離れたところで発想してるのに、でもしっかり時代の流れには乗っているという感じですね。しかも、上手くコマーシャリズムとは距離を取ってる。
加藤 やっぱり時代の最先端の中にいて見えなくなることって、明らかにあると思うんです。誰にも見つけられないまま取り残されたものって、ちょっと遅れてついていくとキラッと光ってるんですね。それが先端にいると見えない。
まあ、僕らは伝統産業や老舗の店なんかと連動してるメディアじゃないから、京都に根ざすという意味は、ちょっと普通とは違うんだろうけど、京都という土地柄を活かしつつ活動を続けていくつもりですね。
―― ちなみに、ビジネスとしてどう展開していくかについての展望はありますか?
加藤 それはもうね、大々的にアイデア募集中です(笑)
―― (笑)。SCRAPって、基本的に色々な人のアイデアを借りながらやってるというイメージがあるんですね。
加藤 そりゃもう僕らはね、恥も外聞もなく「こんなイベントやりまーす! 助けてくださーい!」みたいな感じですから(笑)
―― そうやって人の力を集めてくるところは、Webサービスに似てるのかなと思うんですね。まあ、人間の心というかモチベーションを理解していたら、Webもリアルも関係ないという気もするのですが。とにかく、他人を鼓舞して、「あ、これやってみたい!」と思わせるのが凄く上手いと思います。
今後のイベント予定
―― 最後に、今後のイベントについて教えて戴ければと思います。
加藤 7月26日に「ぴゃーっと言葉つなぎBAR」という、「ちょっとした接続詞を使ってみんなで面白い言葉を作ろう」というイベントを、BAR探偵で行う予定です。それから、9月23日には、くるりと一緒に『京都1000人の宝探し’09』というイベントもしますし、11月にも、これはまだ詳細は定まってないのですが、東京で脱出ゲームがありますね。それから、梅田のHEP HALLで3月に脱出ゲームもあるし、それからボロフェスタもあるし……
―― 目白押しという感じですね。
加藤 ウチのイベントは毎回色が変わっていて、同じ人が作ったとは思えないと言われるんですよ。だから、ぜひ他のイベントに参加した人も、足を運んでみてほしいですね。
―― ちなみに、新たな広告手法としてARG(代替現実ゲーム)が話題になり始めていますが、その辺はどうでしょうか?
加藤 まず僕らの話をすると、空間ゲームというエンターテイメントを作った時に、人がパッと集まってくる状況が作れたかなと思っています。そして、人が集まった時に、次にはコマーシャルが発生してもいいだろうとも思います。そういう意味で、僕らのやってる空間エンターテイメントとのプロモーションの可能性が高まらないのかな、とは思ってますね。
僕らがやってる空間ゲームのキーワードの一つに、「自分がまるで物語の登場人物になったかのような遊び」があるんです。そして、ARGというアメリカから入ってきた宣伝手法も、「自分がまるで主人公になったかのようなプロモーション」なわけですよね。だから、その辺で、僕らの開発している「遊び」がマスとの連動性はないだろうかとは考えてはいます。
――今日は、お話を聞かせて戴いて、ありがとうございました。
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