AR(拡張現実)技術を使ったユニークなパフォーマンスで、時にはアイドルを時にはTV番組を拡張する、AR三兄弟というユニットをご存じでしょうか。「東のエデン」や「ノイタミナ」「鉄男」「スマイレージ」といった題材を、オリジナリティあふれる手法でPRしてきた、いま最も注目を浴びている”兄弟”です。
今日は、TVCMや雑誌、Webなど、さまざまなメディアで話題になっているAR三兄弟長男・川田十夢さんに、今までの活動とこれからのビジョンについて語っていただきました。
■それぞれに作家性を感じた
――まずは、AR三兄弟の活動内容や各自の役割を教えてください
川田 クライアントからアピールしたいものや場所といったお題をもらってから、設計・デザインをして、そこにARをちょこちょこいれて拡張しています。今もらっているお題は、ラジオや新聞、芸能界、お笑い、恐怖とか。僕は、マスメディアと呼ばれるものや人を素材として捉えていて、「どうやったら僕らが持つアイデアや技術で拡張できるか?」と考えながら活動しています。
主な役割としては、長男である僕が人前でしゃべったり、アイデアを出したり、設計をしたり。次男が映像の設計、三男がプログラムを組んでいます。
▽ALTERNATIVE DESIGN++
▽これなら分かるAR(拡張現実):AR三兄弟が考える拡張現実とマッシュアップ - @IT
――三兄弟の出会いは?
川田 彼らとはもう4~5年付き合いがあって、もともとは部下として、僕が率いていたチームオルタナティブ=デザインに入ってくれたんです。2人とも僕が直接面接をして、そのときにそれぞれの作家性を強く感じたんですよ。次男はスケボー乗りなんですが、自分が撮ったスケボーの映像を作品として持ってて、それがすごく良くて。カッコいいスケボーの映像だけじゃなくて、ジャッキー・チェンの映画みたいに、最後にNG集があるんですよ。その構成能力とか自分自身を撮っている感じ、音に触れて「あ、こいつ才能があるな」と。
三男は当時、武蔵野美術大学のデザイン情報学科に所属していたんですが、専攻とは全然関係ないゲームを作っていたんです。僕に持ってきたのが「しのちゃん」っていう男の子が主人公の、裸で始まってズボンを探す旅をするゲームで。「これはやばいな」と。それがみんなとの始まりですね。
――どうして三兄弟というスタイルで活動しているんですか?
川田 クリエイターがアーティストと違うのは、まずお題をクライアントから振られて、それに対して仕事として何かを作るということなんです。アーティストは自ら頼まれてもいない何かを発信しますから。僕らはそういう意味でクリエイターとして長く活動してきたけど、僕も彼らも作家性が実はあるのに、クリエイターの土俵では十分に出しきれていないなと感じていました。
あとは、僕がチームのボスで、年も6つくらい離れているから、どうしても埋められない距離があったんです。そこで「兄弟になろうか」って言ったんですよ。兄弟になって僕が長男になると考えたら、ちょっとだけ優しくなれると思った。で、それからは彼らも慕ってくれるようになりましたね。僕、それまで2人のこと全然知らないし、ロクに飲みに行ったこともなかったんですけど、兄弟になってからはよく飲みに行ったり、恋愛の話とかもするようになりましたよ。「なんだよ、彼女俺に紹介しろよ」みたいな(笑)。兄弟になって、とてもよい関係になったと思いますよ。
ノイタミナ記者発表会でも大活躍したAR三兄弟
■ARにはだだっ広い余白があった
――そもそも、どうしてARだったんですか?
川田 これまでいろんなことをやってきたんですが、一番飛べそうで一番斬新なものだと思ったから。僕らが仕事として続けてきたユーザーインターフェイス設計やシステム開発といった世界では、やらないといけない省略が一番多いジャンルとも言えるんですが、それと同じくらいだだっ広い余白があったんですよ、AR空間には。で、何かを作るということに関して誰の手も伸びていない感じがしたので、ARを選んだんです。
――川田さんはよく、ARを使うときに「ARじゃなくてもいいんですけど」とおっしゃってますが、“なくてもいいもの”を作り続ける理由ってなんですか?
川田 “なくてもいいもの”って、すごくグッとくるんですよ。例えば、音楽とかお笑いって、突き詰めると“なくてもいいもの”じゃないですか。でも、そういうものがあるからこそ面白くなる。“なくてもいいもの”や“やらなくてもいいもの”をやることで、普通のことも面白く見える。面白さを伝えるために、逆にいらないものをいれてしまう手法は、漠然とアリだな、と思うんです。
ARを使わなくてもいいものにARを使って、逆にARの本質がうっかり見えたりすることもある。AR三兄弟がもしいなかったら、「セカイカメラ」のような正統派ARのものしか世界になくなるので、面白くないんですよ。例えば、「セカイカメラ」は、“地図情報”というなくてはいけないものに“情報”というなくてはいけないものが付いていて、余白がない。
僕、音楽をずっとやってるんですが、僕が好きな音楽ってすごいスカスカなもので、聴いていると「自分でもできるんじゃないのかな」という気になるんですよ。それは、情報がなかったり意味がわからなかったり、無駄なものがあったり洗練されていなかったり、付け入る隙があるから、やってみたいという気持ちにさせるんだと思ってます。
――川田さんが考えるARの本質とは?
川田 そういうとき「なんで僕にARのことを聞くんですか?」って言うんですよ、いつもは。「だってARって名前ついてるじゃないですか」「ああ、うっかりしてた」みたいな(笑)。でも本当は、何でもアリだし、振れ幅の省略でもあるし、余白でもあるモノと考えています。
ARはよくVR(バーチャルリアリティ)と比較されるんですが、その違いは現実を挟んでいるかどうか。VRはコンピューターや画面の中で完結しているけれど、ARは現実で何かをしないと完結しないし、現実世界に何かがレイアウトされていないと、ARでさえもない。その違いが大きいですね。
そもそも現実を巻き込まないと成立しない技術なのに、多くの人が現状で満足してしまっている。だから僕は人がパフォーマンスや表現のようなものをするべきだし、一定の場所に集まってみんなでARを共有体験としないと伝わらない部分があると考えています。現実を巻き込んで何かをやることで、大きな省略につながり余白の提示にもなる。それがARの本質かもしれませんね。
■すごくないけど面白い、の方が嬉しい
――素材をマッシュアップする上で気をつけていることを聞かせてください
川田 素材への敬意を忘れないことをポリシーとしています。素材と言ってしまっている時点で失礼と言えば失礼なんですけど。
あとは好きなものしか拡張しない。例えば、映画の世界を現実に作るのって、すごい暴挙なんですよ。その世界が好きな人からすると「何やってくれとんねん!」と思うじゃないですか。ドラマを実写化するときも、周りの反感って大きいでしょ。そういうときに半端なものを作って「世界観を壊すな」って言われるのが一番嫌だし、その作品が好きで仕事しているので汚したくない。作り手の作意を曲げないように「これでいいですか?」と聞きながらやっていますよ。
広告業界って、作品とか素材をあまり見ないまま作ることが多いですが、僕は知ってからじゃないと何もやりたくないし、できない。文脈をきちんと辿って、敬意を持って、本当に好きな人達にも受け入れてもらえることをしないと、と考えてます。
あとはスベリたくないなあ。とにかく、ウケたいんです。
――…東京の方ですよね?
川田 はい。
――そのプライドはまるで関西人みたいですね(笑)
川田 「なんかすごいけど面白くないよね」って一番傷つくんですよ、僕。「すごくないけど面白い」の方が嬉しい。
6月には京都精華大学で講義も。川田さんが披露するAR技術に多くの学生が興味津津でした
■お茶の間に普及しているものを変えたい
――積極的にTVやラジオといったマスメディアの拡張に乗り出していますが、いわゆる“お茶の間”に進出するのには理由がありますか?
川田 ありますよ、明確に。そうだなあ、じゃあ理由を2つ言いますね。
2011年からデジタル放送が始まりますが、未来のTV「デジタル放送」は、実は考えていたよりしょぼくなっちゃってるんです。僕、割と長いことプログラムやインターネット、クリエイターの世界にいて、コアな技術をずっと作っていて、5~6年前にデジタル放送のシステムを作るときに関係者に呼び出されて、どうすべきかっていうのを聞かれたことがあって。そこで僕は、「例えばドラマだったら、出演者が着ている服をリモコンで当てると、情報を取り出してワンクリックとかで買えるようになるのが正しい」って言ったんです。デジタル放送の技術ってそれができるのに、「それもうTVじゃないじゃん」「いやTVじゃなくていいじゃないですか」って全然、理解されなくて。リモコンで情報を取り出すことって技術的には可能なのに。
ただ、今までそんなビジョンを考えてたんですが、TV側に関わっていないとわからないこともあるんですよ。番組一つ作るにも、スポンサーや衣装協力とか、出せるものとだせないものがある。例えばIPサイマルラジオの「radiko」ってせっかく実現したのに、大阪の放送は東京じゃ聞けなくて。それも、ラジオは地域ごとに広告権が分かれていているからなんですよ。今までわかってなかったことを知って、その上でそれを壊したいと思っています。
僕、デジタル放送って最終的になくなるんじゃないかなって思ってるんです。システム的にも、たぶんネット側の技術がマスを喰う。「お茶の間」っていうのは普及しているモノがある場所だと思うんですが、普及している機器自体を変えたいと考えています。
とはいえ、ポップな回答を求められるとすると「単純に出たがりだから」ですかね。
――今年の4月にオルタナティブ=デザインが在籍していたメーカー「JUKI」から独立しましたが、そのきっかけは?
川田 いろいろと理由はありますが、まずは、メーカーの中でやれることは全部やってしまったから。メーカー側から見ると、僕がやっていることって意味不明なんですよ。「なんで君はフジテレビでビームを出してるんだ」「それは企業価値にどうフィードバックがあるんだ」って、偉い人達の前で真顔で聞かれるんです。それってすごくシュールで、最初は面白がってたんですけどだんだん面倒になって。
僕はARがメーカーの新しい技術につながるという意識があって活動していたし、そういう説明もしていたんだけど、中で説明する時間があるんだったら外で話をして、形にしていく方が面白いし速いなって。
あとは次男、三男ともう2人女性が部下にいるんですけど、その人達の未来を考えたときに申し訳ないなという気持ちがありましたね。メーカーの中で新しいものを生み出すときのテンションって、やっぱり違うんですよ。メーカーでは機械を作っている人が一番強くて、僕らがやっていることは評価されづらい。そういうギャップやスピード感、みんなのこと考えると出た方がいいな、と。
――独立して変わったことは?
川田 “一部上場企業の人間だから”っていう意識がなくなって、本当にやりたいことをチョイスできるようになりました。
今ね、ARと水商売をマッシュアップしようとしてるんですよ。「日本以外全部沈没」という映画を撮った河崎実監督に、中野に地球防衛軍の基地を作りたいって言われてて。「月に地球防衛軍が来て、みんなが地球防衛軍の制服を着ていてお酒を出す。その会員証からセクシーなARが出たらおもしろくね?」って雑なネタフリをいただきまして(笑)。確かにユニークな試みだし、絶対面白くなるんですけど。そういうことって、僕がメーカーにいたらできないことなんです。
あと僕、他のメーカーの技術がすごく好きなのに広告できない立場だったんですが、今は自由にできる。安全装置が外れて、やっちゃいけないことがなくなった。すごく楽しいですよ。
――オルタナティブ=デザインをもっと大きくしたいというビジョンはありますか?
川田 大きくしようとかはあんまり考えてないですが、三兄弟で回すのがキツくなってきたので、兄弟増やそうかなとは考えてますよ。
ただ、今年どこまで行けるのかっていうスピード感は気にしています。大きくはしたくないけど深くしたい。ちゃんと拡張できているか、拡張したそのジャンルが広がりを持てたかどうか、責任をもってやっていきたいです。
――キャパシティを超えるオファーが来ていると思いますが、その仕事を選ぶ基準はやはり面白さですか?
川田 それと相手の本気度ですね。あとは、あんまり考えてない方が嬉しい。「こういう風に見せたいんですけど」より「これ拡張できますか?」って言われた方がやりがいがあります。
――やっていることが総合的ですよね。企画立案から始まって、ディレクションとかプログラムとか
川田 そうですね。それって音楽に似てるんですよ。音楽って自分で全部のリズムを取って多重録音をしたときに、増幅するんですよね。自分の声をただ2つ重ねて録音するだけでも、「なんだこれ」ってなるし、自分のドラムにギターを乗せたりすると、技術は拙いはずなのに、生き物のような音になったりする。そういうことを音楽で感じていたので、ずっとそういうスタイルでやっていたいなとは思います。
■“hello world”プログラムで世界は変えられる
――夏に各所からAR本が出るそうですが
川田 はい。ARの潮流を網羅している内容の本が多く出ます。AR三兄弟もたくさん取材されてるし、僕自身、書いてもいます。だけど、僕は現象には全然興味がないんですよ。僕が本を書いた理由は、雑誌業界やラジオ業界の人とかがもうちょっと余白を見つけてほしいな、と思ったからです。今までいた自分たちの世界で、もっと何かできる可能性があるかも、と気づいてくれないかなって。
あとは、「いつまでも画面に向かっているな、もしかしたら世界だって変えられるかもしれないんだぜ」っていう、同業者へのエール。プログラマーは必ず「hello world」からプログラムを始めるんですけど、「そのworld、本当に世界って言っているか?」という疑問があって。
プログラマーってすごくて、もしかすると本当にコード一つで世界を変えちゃうかもしれないのに、画面の中で考えてしまうことが多い。もちろん、プログラマーの人でも広告の人でも誰でもいいんですけど、本当に「世界は変わる」と思って動いてほしい。僕、Web業界に長いこといますが、上から落ちてくるものを淡々とやる人や無感情で仕事をしてる人が結構いるんです。そういう人たちにもう1回初期衝動を思い出してほしい。
最初に「hello world」って書いたときは、その「world」は「世界」だったはずなんですよ。表舞台に出て行かない、それも格好良さではあるんですけど。周りの人ももっとプログラマーはすごいんだぜ、っていうのをわかってほしいな。とはいえ、みんながそうすると僕の居場所がなくなっちゃうんですけど(笑)
■AR三兄弟がプラスして、初めて形になる
――これからの活動予定は?
川田 7月5日にキックボクサー・長島☆自演乙☆雄一郎くんの入場をAR化します!TBSでも放送されますよ。
彼とは紹介されて出会ったんですけど、格闘家なのにコスプレイヤーだって言い切ってる“そもそも格闘技というジャンルを拡張しようとしている選手”なんです。次の世界戦も、「コスプレしたいしARもしたい」って言っていて、じゃあやろっか、と。彼みたいに境界を超えようとしている人ってすごくのびしろがあって、そういう人をつなぐのが僕らの役割なのかなって思います。
――最後に、川田さんが前に出続ける理由を聞かせてください
川田 実を言うと僕、出たがりじゃないんですよ。すごく人見知りするから家にいたいし、ずっと漫画を読んでいたい(笑)。今、僕が作っているものがそのままで伝わるものなら、出ていないですね。体験したり僕が出た方がわかりやすいと思うから出てます。あとは出てくれって言われるから。その必要がなくなったら出なくなりますよ。
AR三兄弟の作るものは、AR三兄弟が出て、初めて形になるんです。