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美術館に行くからこそ分かる「マグリット展」の奇妙な世界 京都市美術館で“山高帽の男”が誘う



2015年5月のイベント | Réne Magritte - マグリット展

日本での最初のマグリット展は1971年。それ以来約10年おきに展覧会が行われており、本格的な回顧展は2002年以来13年ぶり、京都では44年ぶりとなります。これまでかなわなかった作品の展示も実現する今回は、マグリットの世界観をより多面的に見ることができるそうです。日本に上陸した131点のうち、京都展で公開されるのは124点。青空を背景に巨大な岩が浮かぶ「ピレネーの城」は、京都展のみの展示です。

京都市美術館の館長・潮江宏三さんは同展について「初期作品や、マグリットが違う方向性を目指した戦前から戦後にかけての作品など、ベルギーのマグリット美術館による協力で充実した内容になった。マグリットが関心を持っていたものの幅広さを知ることができる」と説明。マグリットの作品については「素朴さを装ったリアリズム。素朴のように見えるけれど、例えば『ピレネーの城』にしても、これだけしっかり空中に岩が浮いているという絵はなかなかない」と解説しました。

なぜ、今マグリットなのか。学芸員の尾崎眞人さんは「企業の中には近年、マグリット的な物の見方をイメージの新しい捉え方や活用法として取り入れることがあるそうだ」といいます。現代におけるマグリット作品の楽しみ方としては「絵から連想される言葉を、大喜利のように考えてみるとおもしろいのでは」と提案。例えば「ピレネーの城」については、大きな岩が浮かぶというその危うい見た目から「年金生活者」をイメージする人がいたそうです。一つ一つの作品をじっくり眺め、自分なりの解釈を見つけてみるのもいいかもしれません。

■ アール・デコからシュルレアリスムへの変容(1920年~1930年)

ルネ・マグリットは、1898年にベルギー南部の町・レシーヌで生まれました。幼少のころから絵を描くことが好きだったマグリットは、1916年から1920年ごろまでブリュッセルの王立美術アカデミーに通います。この時期の作品では印象派の影響が見られ、1920年代前半の作品では未来派や抽象、キュビスム、ピュリスムなど、当時のさまざまな新しい絵画の影響がうかがえるそうです。アカデミー卒業後は壁紙工場で図案家として働き、やがてフリーランスで商業デザインを手掛けるように。デザインは、当時流行していたアール・デコのスタイルによるものでした。商品を正確に描写して文字を入れるという仕事内容は、その後のマグリット作品にも影響を与えています。

1925年ごろからは、謎と神秘を表現したシュルレアリスム絵画へと作風が変化。1926年に発表した「迷える騎手」が最初のシュルレアリスム作品だといわれています。マグリット作品の特徴は「目玉」「ビルボケ(ヨーロッパのけん玉)」「切り絵」といった特徴的なアイテムがたびたび登場することです。額縁や垂れ幕のような仕掛けは“物を見る”というイメージを喚起させるアイテムとして描かれているとのこと。そうしたアイテムが頻繁に登場する初期作品について、尾崎さんは「マグリットのイメージとの闘いが始まっているのではないか」と指摘します。

3つのオブジェが棚にディスプレイされている、1927年の作品「一夜の博物館」。手首、果物、黒い物体……これらの共通点は何なのでしょうか。気になるのは、切り絵で隠された右下の空間。絵なので紙をめくることもできず、その奥が見えるはずもない……そう知りつつ執念深くじっくり眺めていると、切り絵の模様が中をのぞき込む者をあざ笑っているように見えます。

マグリットは、イメージの作り込みや除去といった手法も取り入れてきました。例えば1928年に描かれた「狂気について瞑想する人物」(写真左)。吸いかけのたばこを手にした男性が空間を凝視しているだけに見えますが、X線調査によって、この目線の先には“別の男性”が隠されていたと判明します。マグリットは当初、左側の男性をのぞき込むような構図で右側の男性を描いていたそう。しかし右側の男性を塗りつぶしたことで、テーブルの上の何もない空間をじっと見つめる左側の男性だけが取り残されています。実際に絵をじっくり眺めていると、塗りつぶされた男性の顔の輪郭がうっすらと見えてくるそうです。

イメージのもとになっている像そのものをあやふやにするために、像の表情を布で隠してしまう。マグリットは、イメージを消し、消されたイメージから次のイメージを生み出すという手法も取り入れてきました。1928年の作品「恋人たち」もその一つ。白い布で覆い隠された人物のイメージは、自殺したマグリットの母の顔に白いガウンがまとわりついていたことがもとになっているといわれています。白い布で顔を覆われた人物の絵は他にも存在しており、マグリットの作品には一つのモチーフや出来事を利用したある種の“連作”といえるものが数多く登場します。

■ 戦争前後における作風の転換(1930年~1948年)

1939年に第二次世界大戦が始まると、マグリットは戦火から逃れるためにベルギーから南フランスへ移住。しかし3ヶ月後には帰国し、ナチス・ドイツ軍に占領されたブリュッセルで終戦までの数年を過ごします。戦争中のマグリットの作風は、印象派風の色彩と柔らかな筆致を用いた、ルノワールのような明るい画風へと劇的に変化しました。これは、戦争とナチスがもたらした恐怖と不条理に対する抵抗だといわれています。

1946年に発表した「快楽」(写真左)は、1927年の作品を印象派風に描き直したというもの。少女が生きた鳥をむさぼり食べるという光景は、不気味でおぞましい印象を与えます。

1948年にパリで開催された初の個展で、マグリットの作風はさらに変化を遂げます。数週間で完成したという約30点の作品で見られるのは、荒々しい筆触とけばけばしい色彩。モチーフには、マンガや風刺画を思わせる“滑稽な人物像”を取り入れています。マグリットはこれらの作品を、野獣派を意味する「フォーヴ」をアレンジした「ヴァーシュ(雌牛)」と名付けました。これまでの印象派的な技法は放棄され、色彩がぶつかり合った表現主義的な技法が多く登場します。

■ 山高帽の男、巨大な岩……作風の回帰(1948年~1960年)

「ヴァーシュの時代」を経て、マグリットの作風は再び以前のスタイルに戻っていきます。戦後に新しく描いた作品で特徴的なのは、石と化した世界や重力の法則に反する世界の表現。世界全体が変化していることも多く、イメージのスケールは拡大していきました。

1959年に発表した「ガラスの鍵」(写真右)について、マグリットは書簡で「私は『崇高な』絵画を見つけて描き上げた!」と記しています。制作している時から傑作になると感じ取っていたのか、他の作品を中断してまで集中的に取り組んでいたそうです。この作品は、最終的なタイトルに至るまでの過程が裏側に記録されていることもポイント。正式に決まったタイトル「ガラスの鍵」と年記のほか、別のタイトルを記して消した跡が10個残っているそうです。中には「お守り」「結婚生活」といった案も。

《ゴルコンダ》1953年 油彩/カンヴァス 80×100.3cm メニル・コレクション The Menil Collection,Houston Photo (C) Rick Gardner,Houston (C) Charly Herscovici / ADAGP,Paris,2015

「ゴルコンダ」の山高帽の男や「ピレネーの城」の岩のように、モチーフを空中に浮かせたり入れ子状態にしたりする手法も目立ちます。1953年に発表した「ゴルコンダ」は、ブリュッセルと思われる街並みを背景に、山高帽をかぶった大勢の男性が空中に浮かんでいるという作品。3種類の大きさで描き分けられ、整然と規則的に浮かぶ男性の様子は、強いインパクトを残します。中央のやや右下にいる人物の表情は、マグリットの友人に似ているそうです。

《白紙委任状》1965年 油彩/カンヴァス 81.3×65.1cm ワシントン・ナショナル・ギャラリー National Gallery of Art,Washington,Collection of Mr. and Mrs.Paul Mellon,1985.64.24 (C) Charly Herscovici / ADAGP,Paris,2015

晩年のマグリットは「白紙委任状」のように、完璧なものに対する欠落部分を作っていきます。同作についてマグリットは、アメリカ・ライフ誌のインタビューで「女性は、4本の木を通過して、これらの木を隠します。他の木々は彼女を隠します。白紙委任状とは、彼女にやりたいようにやることを認めるものです」と説明。馬に乗った女性と木々の前後関係が曖昧になり、見えるはずのものが隠され、隠されているはずのものが見えているという、不思議な位置関係を生み出しています。

会場には、マグリットの遺作も展示されています。1967年8月15日に自宅で亡くなった際、木炭で下描きされていた作品「テーブルにつく男」(下の写真左)がイーゼルに残されていました。首がない人物と、テーブルの上に残された本と手首。背景にはダイヤ柄の壁紙が見えます。「観念」(上の写真左)や「巡礼者」(下の写真右)のような“不在”に関連する作品を描こうとしていたものとみられていますが、作者自身の“不在”により、作品は未完となりました。

■ マグリット展をさらに楽しむなら

マグリット展をより深く楽しみたいという人には、マグリット自身の言葉とともに作品の世界を解き明かす音声ガイドがおすすめ。ナビゲーターの俳優・石丸幹二さんが“謎の山高帽の男”に扮(ふん)し、各作品を雰囲気たっぷりに紹介します。BGMにはマグリットがお気に入りだったというフランスの作曲家、エリック・サティの名曲などが使われています。レンタル料金は550円(税込)です。

また、関連イベントとしてギャラリートークも各種開催。9月19日(土)には夜間開館特別企画として、尾崎さんによる「マグリット展 夜のギャラリートーク」を実施します。時間は午後6時半~午後7時半で、参加費は無料。詳細はマグリット展のサイトをどうぞ。

■ 「マグリット展」概要

マグリット展
  • 開催期間:7月11日(土)~10月12日(月・祝)
  • 会場:京都市美術館
  • 開館時間:午前9時~午後5時(入館は閉館の30分前まで)
    • 9月19日(土)、9月20日(日)は午後8時まで開館
  • 休館日:月曜日
    • 7月20日(月・祝)、9月21日(月・祝)、10月12日(月・祝)は開館
  • 入場料
    • 一般:1,600円
    • 大学生・高校生:1,100円
    • 中学生・小学生:600円


文: あおきめぐみ

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